人の手と機械のはざまで
きちんと向き合わなくてはと思いつつ、先延ばしにしていた。
今回のコロナショックで、その先延ばし事項と向き合うことになった。
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特許事務所で特許翻訳(日本語→英語)を専業として15年強。
特許翻訳者の働きかたは大まかにいうと、フリーランス、メーカー知財部の翻訳者、翻訳会社の社内翻訳者、特許事務所勤務の翻訳者(私のケース)がある。
コロナ感染に伴う休校措置で、子を持つフリーランス翻訳者は普段どおりに働くことが難しくなってしまった。
特に、子供が学校にいる間に翻訳をしている在宅フリーランスは、子供が家にいると、翻訳作業にまとまった時間を充てられない。
これは想像に難くない。
なぜなら、翻訳作業は何といっても『集中力』がモノをいうからだ。とことん集中できなければ、まとまった翻訳時間がとれなければ、良質の翻訳を生みだすのは難しい。
そんな状況なので、フリーランス翻訳者へと発注される予定だった翻訳案件が、私のような所内勤務の翻訳者のところに次々と入ってくる。
翻訳受注はすでにオーバーフローしそうなくらい。もちろん事務所は受注するよね。だってお金が入るんだもの。
コロナ騒動で世の中が時短勤務になっているというのに、時短どころじゃない。
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たんまりとやってきた翻訳依頼のなかには、私の得意分野(電気、電子、通信、コンピュータ)以外の技術分野の案件もある。
通常の何倍もの翻訳を締切までに納品するためにはどうする?
翻訳作業の効率アップのためには何をする?
異なる技術分野の翻訳に短時間でどう取り組む?
それらを事務所の所長や翻訳者同士で話し合った。その結果、今回受注した翻訳案件は、効率アップのために積極的に機械翻訳(MT)を使おうということになった。
この『機械翻訳(MT)』こそが、きちんと向き合わなくてはと思いつつ、先延ばしにしていたモノ。
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英文和訳を専門とする翻訳者は、数年前からすでに機械翻訳(MT)を活用している。英語から日本語への翻訳は、機械翻訳となじみがいい。
なぜならば、
① 英語は構文・構造が明確で、主語・動詞・目的語が明示されている。
② 英語は名詞が単数か複数か、既出名詞か初出名詞かが明示されている。
③ 英語は論理が明快である。
英語は言語構造上、機械翻訳(MT)と非常に相性がいい。
それに対して、私は和文英訳を専門とする翻訳者。機械翻訳(MT)の存在におびえつつも、実際の翻訳業務で機械翻訳(MT)をガッツリ使ったことはなかった(翻訳支援ソフトは使うけどね)。
なぜならば、
① 日本語では、主語を省くことも多く、文の構造自体があいまいである。
② 日本語は名詞が単数か複数か、既出名詞か初出名詞かを明示しない。
③ 日本語の1文は長く、接続詞は多用されるものの、論理のみによる展開に欠ける。
日本語は言語構造上、現時点においては、機械翻訳(MT)との相性はイマイチ。
機械が分かりやすいように日本文に修正を加えると、日本語としては読みにくく不自然になる。
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私のような和文英訳を専門とする翻訳者の多くは、機械翻訳(MT)を使いたがらない。現時点においては、人の手による翻訳のほうがはるかに品質がいいからだ。
機械翻訳(MT)を積極的に使うことで、自分の翻訳力が衰えていくとすら思っている。少なくとも私はそう思っている、現時点においては。
機械翻訳(MT)によってできあがった英文ばかりをチェックし、自分の脳ミソを使って翻訳文を生み出さないと、翻訳能力の低下につながるという恐怖心がある。
便利な面もあるが、機械翻訳(MT)を使うことによる品質低下は納得できない。
そんな思いを抱えながら、機械翻訳(MT)ときちんと向き合わなくてはと思いつつ、先延ばしにしていたのだ。
でもこれからの時代、機械翻訳(MT)のニーズは増えることはあっても減ることは決してない。減るとしたら、それは翻訳者のほうだ。
そう遠くない将来に、機械翻訳(MT)の品質は人の手による翻訳の品質に近づくだろう。
でもだからといって、翻訳者ができる仕事がこの世からなくなるとも思っていない。機械翻訳(MT)の翻訳文を最終的にチェックするには、人の目が必ず必要だからだ。
最終チェックをするのは、ポストエディターと呼ばれる職種。
このポストエディターという仕事は、翻訳のバックグラウンドを持つ人のほうが強いのは言わずもがな。翻訳者は、機械翻訳(MT)の翻訳文を人の手による高品質の翻訳に近づけることができるからだ。
今回のコロナショックで、幸か不幸か、機械翻訳(MT)と向き合うことになった。いいタイミングかもしれない。
コロナウィルス感染はもちろん有事。でも、その有事から気づくもの・見つけられるものはある。
転んでもただでは起きませんよ。みなさんも、ね。
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