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潮の香りと花火の匂い

浜辺に行くのは、いつも決まって夜の10時過ぎだった。海岸での花火遊びを終えた人たちが、家に帰るころ。

私たちはサンダル履きで、2人乗りをして、自転車で海岸に向かっていた。

前カゴに、CDラジカセと缶ビール2本と花火を入れて。私は、自転車をこぐ君の背中にしがみついていた。

自転車が道の段差を走るたびに、お尻がポンと浮き上がる。

「ビールからプシューッて泡が吹き出すかもね」なんて言いながら、2人で笑った。

10分で海に着いた。真っ暗な海岸には、波の打ち寄せる音だけが響いている。

懐中電灯で足元を照らしながら、浜辺を歩く。昼間の暑さをわずかに残した砂が、サンダルに被さって気持ちがいい。

「よし、ここらへんにしよっか」 
「うん」

砂浜にろうそくを1本立てて、火を灯す。波の音をかき消さないようボリュームを控えめにして、CDラジカセからドリカムの曲を流す。

海と向かい合うように2人で並んで座り、持ってきた缶ビールで乾杯。

冷えた缶の表面には、水滴に吸い寄せられた砂がついている。乾杯のときに、ろうそくの灯りに浮かび上がる缶の砂が、ハラハラと浜に落ちた。

君と私はビールを飲みながら、打ち寄せる波をぼんやりと眺める。砂浜に人の気配はなく、ろうそくの炎だけがゆらゆらと揺れている。

「これこそまさに、プライベートビーチだね。我々のプライベートビーチに乾杯!」

缶にくっついた砂が、またハラハラと浜に落ちた。

「よし、花火しよっか」

缶ビールがこぼれないように、缶の底を砂に埋める。じゃんけんをして、自分の好きな花火を選んだ。

花火の炎の色あてクイズをしたり、どっちの花火が長持ちするかを競い合ったり。花火を持つ手を空中で動かして、何の文字を書いたのかを当てっこしたり。

波の音をバックに、たくさん笑った。
潮の湿った香りと、花火の煙の匂い。

「最後はやっぱりコレだよね」

2人で砂浜にしゃがみ込んで、背中を丸めて線香花火。

CDラジカセをオフにする。おしゃべりもせず、ただジッと線香花火を見つめる。

線香花火の、”チリチリチリ・・ぽっ・ぽっぽっ”の音を聞き逃すわけにはいかない。

線香花火に照らされて、セピアがかったオレンジ色に浮かび上がる君の横顔。

なぜかいつも、線香花火のときだけは、神妙な顔つきをする君。私は、悪戯をしたくなって、まだ少し冷たさの残るビールの缶を、君のほっぺにくっつけたりした。

君と私だけの浜辺での花火。夏がやってくる度に、自転車に乗って何度も浜辺に行ったよね。CDラジカセとビールと花火を持って。

潮の香りと花火の匂いがすると、君を想い出す。

君は今、海辺の近くの街に住んでいると聞きました。今も時おり、浜辺で花火をしますか。

今年の潮の香りと花火の匂いは、君に何を想い出させるんだろう。

今夜のビールは、君に想いを馳せて。

乾杯。

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