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会社(超短編小説)

「中条さんは絶対やめないで、頑張ってください。今辞めたら、奴らの思う壺ですよ」
 部下にいわれ、俺は苦笑いで答えた。正直辞めたかった。部長も部長補佐も辞めてしまった。外堀を埋められた感じだった。
 会社は経営陣が刷新され、旧体制でそれなりの立場にいた者を厄介者扱いにしているのは見え見えだった。だから機会があれば、いつでも降格させるつもりでいたのだ。何度も嫌がらせがあり、罠をしかけられ、とうとう蜘蛛の巣に捕まった。降格人事になり、平社員になった。当然ながら給料はガクンと下がった。降格自体はやむを得ないと思っていたのだが、給料がここまで下がるのは痛かった。まだ大学生の子供がいる。家のローンも残っていた。
 部長も部長補佐も会社を辞めて、平社員になって他の会社で働いている様子である。相当給料は下がっただろうが、子供は独立して、家のローンも払い終わり、定年間近で退職金もそれなりに貰い、必要なカネもそれほどでもないだろうから、まだいいだろうが、こっちはたまったものではない。
 いっそ辞めてしまいたかったが、辞めて他で働くよりは、まだここの給料のほうが長く働いている分、よかった。
 だがそれなりの立場から、いきなり平に落とされるのは精神的に参った。職を探そうにも、これは、というものがない。俺たちへの扱いに愛想をつかしたのか、若い社員もどんどん辞めていく。連中は、どうしているのだろう。農業を始めたり、流通業へ行って、トラックを運転したり、24時間3交代の工場で働いたりしているようだった。
 俺ももう少し若ければ、そういう体力仕事に興味を示すところであったが、保身的になっていた。
 それから数年が経ち、定年退職を迎え、そのまま会社に再雇用で残り、細々と暮らしている。パートの女性からはため口で声を掛けられ、堕ちるところまで堕ちたな、と我ながらおかしかった。
 65歳になれば、妻と一緒に旅行にでも行こうと今から計画を練っている。
 

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