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そして北に十三歩



 土埃が霧のように舞うほどの土砂降りに、荒野の枯れ木など庇にならない。

 だからその枝に首を吊った兄貴は雨に打たれっぱなしで、その一滴一滴に腐りかけの死肉が削られていくかのようだった。

 僕は四歩の距離を置いた場所に座り、ずっとその様を見上げていた。

「寒いか。兄貴」

 寒くねえよ。記憶のなかの兄貴が笑う。

 お前こそ寒いんじゃねえか、痩せっぽちのエドワード。

「平気だよ。全然平気だ」

 そうかよ。兄貴がそう言った直後、縄がついに腐り落ちた首を両断した。兄貴の首が泥のなかを転がった。

 僕は立ち上がろうとしたが、雨の重みと、何日も座り続けて鈍った脚のせいでうまく立てなかった。仕方ないから這っていくことにした。

 泥まみれになりながら兄貴を拾う。

 そして僕は呪いの言葉を唱えた。

「屍人よ、汝に栄光あれ」

 僕の血に流れる微かな魔力が、それに応えた。兄貴の首が雨のなかで蒼焔に包まれ、腐肉を焼き落とす。しゃれこうべに成り果てるまで、僕はじっと待った。

 ずっと昔、魔法使いの盗人がこの木で絞首刑となり、その力が木に宿った。この木で自殺した者が腐り落ちるまで七日七晩、じっと見守る者があれば、その死体は栄光の力を得るという。所持者が望むものへ導く力を。

 僕らの先祖が残した馬鹿げた呪いだ。どうやら成った。

「父さん。二人で迎えに行くよ」

 兄貴と僕が望むもの。それは病気の母を治す秘薬を探すため、はるか北へ向かった父の亡骸だ。

 母は死んだ。父も風の便りに死んだと聞いた。だから探すのは秘薬じゃない。父の亡骸を見つけて、母のもとへ連れ帰る。そのために兄貴は首を吊った。

 親父を馬鹿にした貴族を殺っちまった。どうせ縛られる首なら、お前にやるよ。兄貴はそう言って、最期まで衒いなく笑っていた。

 僕はそんな兄貴を抱え、震える足で立ち上がる。

「さあ、行こう、兄貴」

 蒼く燃えるしゃれこうべが顎を動かす。

『まず、南に一万歩』

 兄貴は確かにそう言った。北でなく、南と。


【続く】

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