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白狼の子たる修道女



 農夫の胸の裂傷はひざまずく修道女の祈りによって光につつまれ、致命のものではなくなりつつあった。たおやかに組まれた祈りの手は魔物の血にまみれている。

「もう大丈夫です。あとは自然に治りますよ」

 修道女レイチェルは耳にかかった金糸雀色の髪をかきあげて、微笑んだ。

 通りがかりの修道女の奇跡の御業に、村人たちはざわついた。農夫をふくめ、感謝の意を述べる者はいない。悪意でなく、戸惑いゆえだ。

 レイチェルは立ち上がった。長老が手を伸ばした。

「あ、あんた、どうなさる」

「魔物の巣をつぶします。森の奥ですよね」

「よしなされ! 襲ってきたのは赤肌の魔物ばかり……、きっと《アビスの血の池》が湧いたのじゃ。無限に相手することになりますぞ」

「今つぶさなければ、皆さんが危険です。攫われた人もいるのでしょう。私は行きます」

「じゃが……」

「お酒を用意して、待っててくださいね」

 彼女はさっと髪をなびかせて、去った。村人たちはどよめきながら見送るしかなかった。

 レイチェルは村を出て、黄昏を背にした森へむかう。その途中には、赤肌の小鬼の死体が数匹ぶん、転がっていた。彼女が殺したものだ。

 彼女は歩きながら再び手を組み、祈る。

「「「ギギャーッ!」」」

 森の暗闇から三匹の小鬼が飛び出した。

 祈りの手をほどく。彼女の髪から色が抜け落ち、淡く光りだした。

 彼女は白い風と化し、右手で手近な一匹の頭を、左手でもう一匹の頭を、すべりながら掴み、かち合わせた。二匹の頭蓋は半分ずつ砕けた。

「グギャーッ!」

 三匹目が血に濡れた粗雑な剣を掲げて飛びかかる。

 レイチェルは身を屈め、あぎとを開く。二対の牙が伸びた。すばやく頭を振り上げ、小鬼の首に噛みついた。大きく振りまわし、遠心力で胴体を引き千切った。

 二つの死体を放り、一つの生首を吐き捨てて、彼女は森の奥へすすむ。憤怒の奥で、攫われた村人を想った。

「待ってて。こいつらみんな殺すから」

 彼女はそう決めていた。


【続く】


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