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2020年の本を振り返る②

私的2020年読書録、4月~6月編。
日本中が新型コロナ騒動に揺れた3カ月。私の勤務する店も1カ月の休業となった。
この時期は精神的に完全に参っていて、本を読む気になどなれなかった。ヘミングウェイに言わせると“何を見ても何かを思う”状態であった。読書を再開したのは休業明け、5月頃から。

晴れたら空に

川内有緒「晴れたら空に骨まいて」(講談社文庫)は待ちに待った文庫化だ。
“散骨”と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろう?川や山、思い出の場所に死者の骨をまいてそっと祈る…そんな経験をした人たちへのインタビュー集だ。特徴的なのは、本書に登場する人たちがみな明るくエネルギッシュなこと。死はタブーとされがちだけれど、それは言うまでもなく日常であり自然の摂理。死は決してタブーではない、もっと爽やかで良い。死を想う大切さから生の喜びも教えてくれる傑作ノンフィクションだ。
(余談だけれど、私も10年以上前にガンジス川で父の骨をまいた一人。同じ体験をした者にはこの本はグサリと刺さる)。
表紙の挿画はnakabanのイラスト。川を見つめる紳士から“向こう側"を連想させる。良いイラストだ。

障害者差別

荒井祐樹「障害者差別を問いなおす」(ちくま新書)は学生にぜひとも読んでほしい一冊。
障害者に対する偏見・差別は根強い。1980年代以前、障害者は障害そのものを治すことがゴールだ、とする歴史があった。薬や過酷なリハビリを強いられ、健常者に生まれ変わることを目的とした治療がされた。今日ではこれを“医学モデル”と呼ぶ。
その後、障害者自らが自分たちの意思によって行動や思考を決める"社会モデル"へと少しずつ移行していった。主権は自分達にある。つまり、「生きづらいのは障害がある私のせいではなく、バリアフリーのない社会が悪いのだ」とする風潮だ。
本書は、1970年代に発足された重度障害者たちによる団体“青い芝の会”の運動を追いながら、障害者の権利を、社会で共に生きる健常者に問いかける。今のように整備の整っていない時代に、同じ時刻に複数地域で車いすの障害者たちが一斉にバスに乗り込もうとし交通機関をマヒさせるなど、この“青い芝の会”の過激さはとにかく目を引く。それだけ社会の関心が低く、力ずくで目をむけさせる必要があったのだろう。
差別を考える上でこれほど分かりやすい良書はなかなかない。願わくば、学校の課題図書になれば良いと思う。

治したくない

日々たくさんの新刊が入荷する中で"つい手に取ってしまう本"がある。タイトル・デザイン・装丁…その本が発する声。あぁ良い本だなぁと、読む前から唸る感覚。
斉藤道雄「治したくない」(みすず書房)は、まさにそんな本だった。前述の「障害者差別を問いなおす」がこの国の差別史とすれば、本書は最先端精神医療の実態である。
“当事者研究”という言葉を知っている者ならおそらく知らない者はいない“べてるの家”。
その設立メンバーである川村敏明が始めた“浦河ひがし町診療所”は、治さないことをモットーとする。障害者を治療するのではなく、障害者をケアする町をつくる。そしてその町に住む人々みんなで障害者をサポートする。川村が変えようとするのは患者ではなく、むしろ健常者の“意識”なのだ。
"患者とまず人間として出会う。そして人間同士のあいだで何かが起きるのを待つ"。
何かが起きるのを待つー。ここがいい。医師という肩書を捨て、人として接するその姿勢そのものが、これからの多様性社会を築く上で何よりも欠かせない要素ではないだろうか。
共同通信配信の斎藤環の書評がとにかく素晴らしいのでこの言葉で終わりにしたい。
『医師が専門性からも正しさからも降りて、自らの弱さを開示するとき、私たちは初めてケアのとば口に立てるのではないか』。

以上、4月~6月の3冊。


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