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芥川賞の思い出 ACT2

いわゆる「職業作家」ではない人も何度か受賞しています。

最近では又吉直樹「火花」です。これが掲載された「文學界」は瞬時に売り切れ、同誌初の増刷となりました。私もすぐ読みたかったのですが、店の商売を優先し、単行本が出るのを待ちました。

「火花」は素晴らしい作品です。好き嫌いは個人の自由ですが、少なくとも「芸人が書いた」という話題先行レベルの完成度には留まらない。むしろ「文学の素養のある芸人だからこそ書けた」稀な傑作です。

又吉氏の前にも某俳優が新人賞を受賞して作家デビューということがありました。あれと「火花」は違います。あの本はいまではほとんど見かけません。読んだ人からもいい話を聞きません。一方「火花」は全国どこの書店でも買えますし、多くの読者から称賛されています。

私は太宰治の愛読者です。彼がどうしても獲れなかった芥川賞を、後年太宰と同じ住所に住むことになった又吉氏が獲った事実に不思議な巡り合わせを感じました。リベンジというか「よくやってくれた。ありがとう」と。もちろん「火花」がそれに相応しい一冊だと思えたからこそです(ちなみに又吉氏も毎年正月に「人間失格」を読むほどの太宰ファン)。

とはいえ、一部からは「商業主義に堕した」みたいな声が出ました。でも「芥川賞」も「直木賞」もそもそもが商売上の意図を含んで設けられた賞です。創設者の菊池寛が認めています。無論相応しくない駄作の受賞が続けばファンの信頼を失い、賞の価値と本の売り上げを落とすだけ。その意味では渋沢栄一じゃないけど「道徳」と「商売」のバランスが大事です。

パンクロッカー・町田康の受賞作「きれぎれ」もオススメです。カオスではありますが独特の文体と謎のリズムがクセになります。映画「パルプ・フィクション」的な構成も斬新でした。既成概念をぶち壊すパンク精神が息づきつつ、でもこれ見よがしのドヤ顔で前面には出さない点がさすがだなと。地位を確立したいまも変わらず謙虚な印象を受けます。

「乳と卵」で受賞した川上未映子も元・歌手です。あれも良作ですけど、私にとってはその前に候補作になった「わたくし率 イン 歯ー、または世界」の方が衝撃でした。「早稲田文学」で読んだのですが「こんなものを書ける人がいるのか」と。思考を言語化する上での語彙のチョイスと組み合わせが恐ろしく絶妙で真摯な方です。

劇作家・唐十郎の受賞作「佐川君からの手紙」も忘れ難い。実在する人物との手紙のやり取りが元になっているのですが、徐々にリアルと妄想の境が曖昧に溶け合っていく。終始不気味ですし後味も良くありませんが、どこか鮮やかで後を引く幕切れなのもたしかです。

「歌手やタレントが片手間で書いた」という誤ったイメージで彼らの受賞を過小評価して切り捨てるのはもったいないです。片手間かどうかは読めば一目瞭然。ぜひ皆さんの目でお確かめくださいませ。




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