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「もどかしさ」を愛そう

ずいぶん前の話。

三女が生まれて半年くらいたち、いつの間にか自力で座れるようになっていた。次女はもう少しかかったような気がするし、長女のときには「座れ、早く座れ」ともどかしく待った記憶がある。どうやら、長女より次女が、次女より三女が器用なようだ。なるほど、よく言われるように、「下の子は要領が良い」のかもしれない。

いや、待てよ。

はたして本当にそうなのか?

仮に、子どもの能力がほとんど同じだとする。その場合でも、子どもをみる親の環境は、一人目、二人目、三人目のときで大きく変わるはずだ。一人目のときには、体力・気力・時間といった「子育て資源」のすべてを一点集中できる。まめまめしく観察し、些細な不調におろおろし、小さな成長に大喜びする。そして、成長停滞期になるとじりじりとした「もどかしさ」をおぼえる。

こうしたことは、二人目、三人目になると分散する。一人目のときに比べれば、どうしても観察の頻度や密度は下がってしまう。成長停滞期に「もどかしさ」を感じることもない。正確に言うと「もどかしさ」を感じる余裕がない。「もどかしさ」がないぶん、子どもの「できた!」と「できた!」のあいだが短いと認識される。そして、そのぶん器用に見える。

一人目よりも二人目、二人目よりも三人目が「器用」で「順調」で「要領が良い」のは、実はそういうことではないのか?

そこで、ふと思う。

医師と患者の場合はどうだろう?

研修医が終わり、受け持ち患者さんが増えるにつれ、自分の診断や治療が少しずつ上達していくのは確かだろう。ただ、子育てで一人目より二人目、二人目より三人目が「順調」に感じられたのと同じように、受け持ち患者さんが増えることで「治療停滞期のもどかしさ」を感じる余裕がなくなるということはあるかもしれない。そしてその結果、「順調」という錯覚を起こしているなんてことはないだろうか。

「もどかしさ」を感じられる余裕。

こんな視点があると、いろいろな場面での「もどかしさ」が愛おしくなる、かも?



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3人娘(小3、6歳、3歳)の親。「一歩踏み出せば、一歩ぶんだけ眺めが変わるよ」がモットー。精神科での学びを育児に、育児での着想を臨床に。本の紹介→https://note.com/booooooks Twitter→https://twitter.com/BookloverMD

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コメント (3)
noteいつも拝見させて頂いてます。
とてもおもしろかったです😁
もどかしさを感じられる余裕、大事な言葉に出会った気がします。ありがとうございます。
こう言った言葉や人がきっかけをくれる機会は頻繁にあるわけではないので大切にしていきたいですよね!
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