見出し画像

[本068]『八月の銀の雪』

著者:伊代原新、出版社:新潮社

就活中の大学生、子育て中のシングルマザー、原発で働いていた男性等が、悩みを抱え、迷いながらも前を向いて進んでいく5つの短編集。『月まで三キロ』と同様、自然科学がそれぞれの物語にそっと寄り添い、現在、過去、そして、遠い未来にまで視野を広げていきます。地球の奥深く、海の中、小さな小さな世界、そんな自然を前にして、人々は自分の殻を破り、1歩を踏み出す勇気をもらいます。

表題作「八月の銀の雪」では、就職活動に連敗しているコミュニケーションの苦手な主人公が、詐欺まがいのビジネスをしている同級生とコンビニで働く留学生との出会いによって、大切なことに気づいていく物語です。

私たちが暮らす社会にはいろんな人がいます。みなそれぞれに様々な悩みを持ち、夢を抱き、想いを持っている。しかし、外から見えるのはほんの一部。

「人間の中身も、層構造のようなものだ。地球と同じように。」

主人公は留学生から、地球の内部にある銀色の森について話を聞きます。そこでは銀の雪が降るという。自分の心には何が降り積もっているのだろう、そして、どんな音が聴こえるんだろう。

「アウトプット」や「プレゼン力」といった表に見えるものばかりが注目される昨今。しかし、静寂のなかでしか聴こえない音、深い層のなかにあるもの、時間をかけてゆっくりと積もらせていくもの、そういうものの中にこそ、人生の道標が隠されているのかもしれませんね。

他にも「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」など、どれも共感し、優しい気持ちにさせてくれるものばかりです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?