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「自己啓発」と「筋トレ」から考える現代人の心身

**盆男 **

**要約 **

 現在、「自己啓発」市場は拡大し、誰もが聞いたことのある言葉になった。自己啓発とは自分と向き合い、より良い自己を志向するものである。自己啓発の歴史を振り返ると、その時代における理想の自己像というものが見えてくる。そして現代の自己啓発は、現代人の生き方の多様化と共に、表現や媒体を問わず様々な形で広がっている。そんな多種多様な現代の自己啓発の中に新たに一つの潮流があらわれた。それは「筋トレ」という自己啓発だ。
 筋トレ市場は自己啓発市場と同様に拡大を続けており、人々は様々な動機で身体を鍛えている。また現代では科学的なウェイトトレーニングの理論の登場、フィットネスクラブの増加、トレーニング器具の発達などによって誰でも簡単に筋肉を付けれるようになった。そうして身近になった逞しい筋肉や強い身体が原動力となり、人々は身体的な自己啓発を求めるようになった。変化する身体は目に見える効果として、価値観の多様化で成長の見えづらくなった現代人の向上心を刺激する。また、優れた身体が優れた精神を持つという思想自体は古代から存在し、現代においてそれは、筋トレ・筋肉が自己管理のできた優れた人間の証として、社会的な意味をもって機能し始めている。
 また自己啓発的な筋トレの根底に存在する自己の身体に対する関心は現代の健康ブームとして読み取ることも可能だ。現代は血液検査や人間ドックによって身体のあらゆる調子が可視化され、血糖値や体脂肪率などの基準が流布されることで、人々が絶対的な健康を求めるようになった。しかし潜在的な病気の可能性や精神的な健康を考えると、全てを満たす健康は存在せず、求めるほどに新たな課題がみえてくる欲望とすらいえるのである。そうした果てなき欲望は理想の自己を求める自己啓発や、理想の身体を求める筋トレにも当てはまる。
 だからこそ私たちは自己啓発や筋トレに執着すぎることなく自己とうまく付き合っていかなくてはならない。

**キーワード:自己啓発、筋トレ、自己の再帰的プロジェクト、身体、健康、欲望 **

**1.はじめに **

 半年ほど前に友人に誘われてフィットネスクラブの体験に行った。今まで部活を通じて筋力トレーニング(以下「筋トレ」)をしたことはあったが、専門施設で本格的に身体を鍛えるということは初めてだった。経験者の友人に言われるがままにマシンを動かすだけで、鍛えている最中は実感がなかったが、トレーニングが終わった後に鏡をみて驚いた。私の貧弱だった身体は肥大し、薄くはあるが筋肉の筋が通っていたのだ。後から分かったのだが、これはパンプアップと呼ばれる、負荷をかけた直後に一時的に筋肉が肥大する現象であった。今まで自分の身体を客観的に意識したことがなかったのか、私はその日何度も鏡を見て、自分の身体がどうなってるのかを確認した。筋肉は身体の凹凸を作り、力を入れるとその部分が肥大する、いわば力の象徴であった。これほど分かりやすい身体の特性に対してなぜ今まで無関心であっただろうか。私はその日から筋トレをすることを決意した。
 筋トレをはじめてすぐに効果は表れた。フィットネスクラブの整った設備や詳しい友人からの助言、そしてプロテインなどの健康食品は、初心者である私にも目に見える筋肥大をもたらした。コンプレックスでもあった大胸筋が次第に大きくなってゆくことは、身体に対する自信に結びつき、私はどんどん筋トレにのめり込んでいった。逞しく変わる自分の身体を鏡でみることは楽しく、それは私の生活の一部となっていった。
 筋トレを通じて私は身体について考え、自己の身体を客体的な欲望の対象として再び発見することになった。自己に対する欲望は誰もが持っているもので、今よりも良いものに変えていこうとする志向はどこにでも存在する。自分自身を変化の対象として自発的に更新してゆくことは往々にしてあることだが、現代においてそれは「自己啓発」という名前を得て、社会的な現象となっているのだ。

 自己啓発は現代人の生活に深く入り込んでいる。私たちは電車の中でビジネス成功譚を読むサラリーマンやカフェでパソコンを眺めて自己分析する学生をみることがある。書店には「小説」と並び「自己啓発書」の欄が存在し、あらゆる広告にも「自分探し」や「自分磨き」などの文言が飛び交っている。現代は否が応でも自己を高めろという要請に満ち溢れているのだ。
 実際に共同通信が三菱UFJリサーチ&コンサルティングに依頼した調査によると、自己啓発に関する市場が30年間で約3倍に拡大している(奈良新聞,2018)。1989年の推計では3000億円前後だった市場が2016年時点で9000億円となった。9000億円は宝くじの年間売り上げと同程度の市場規模で、国民一人当たりに換算すると年間7000円の支出になる。

図1:自己啓発市場の規模(出典:奈良新聞「「自己啓発」市場 9千億円超に拡大 ビジネススキルやマインドなど 個人で能力開発 スクール通学や書籍購入」2018年1月8日) 

 また、自己啓発の中でも特に書籍に注目してみると、国立国会図書館データベースにおける件名(キーワード)「人生訓」に分類される書籍の出版部数は特に近年から右肩上がりで増えている。

図:2「国立国会図書館データベースにおける件名「人生訓」の年別出版点数(1960~2015)」
(出典:国立国会図書館サーチ(NDL Search):https://iss.ndl.go.jp/sp.から作成)
(注:データ取得日は2019年12月21日。「人生訓」という件名を採用した理由としては先行研究である牧野(2012)の選考理由を参考にした。それは国立国会図書館のデータベースにおいて同件名の関連語・下位語として、「人生論」「人生観」「処世術」「成功法」「格言」などがあるが「人生訓」カテゴリーが最も多くの発行点数を包含するものだからである。)

 本論文では自己啓発市場の拡大と特性から現代人の心身を考察する。そして多様化する自己啓発の中に現れた新たな潮流として筋トレを考察することで現代人の身体に対する欲望を明らかにしたい。
 構成としては、自己啓発を定義し、先行研究から自己啓発書の現代までの流れを概観し、その時代的性格をまとめる。その上で現代の自己啓発市場の拡大を確認し、多様化する自己啓発の一つとして、筋トレという運動を伴った身体変化によって自己を啓発するという特性を抽出していきたい。また筋トレという行為や、その歴史、個人の筋トレとの向き合い方、筋トレに関する書籍を考察することで、筋トレの持つ自己啓発的な側面を明らかにしていきたい。最後に自己啓発における身体の在り方から現代人の身体に対する欲望について考えていきたい。

 

**2.多様化する自己啓発 **

**2.1.自己啓発とは **

 現代において自己啓発市場は拡大し、誰もが耳にしたことがある言葉になった。では改めて自己啓発とは何だろう。広辞苑には「自己啓発」という言葉は記載されておらず、「啓発」は「知識をひらきおこし理解を深めること」とある。単純に組み合わせて考えると自分に対して知識をひらきおこし理解を深めることとなるだろう。
 またこの言葉は本来、1950年代に登場・定着した職業能力開発を意味する言葉である(増田,2000)。しかし、現代では明らかに職業能力開発を越えた範疇で用いられているため、本論文では先行研究である牧野(2012)の定義した「自分自身の認識・変革・資質向上への志向」という意味で、この言葉を用いたいと思う(牧野,2012,p.2)。
 だが「自己啓発」という言葉や行為がこじつけてしまえばありとあらゆるものに当てはまってしまうように、その始まりや歴史を正確に描くことは難しい。したがってここでは牧野智和による先行研究(牧野,2012)をまとめる形で自己啓発という現象の始まりから、主に日本における自己啓発書の系譜を概観していこう。

 まず牧野(2012)は自己啓発という現象を後期近代の「自己の再帰的プロジェクト」と結びつけて考察する。「自己の再帰的プロジェクト」とはアンソニー・ギデンズの言葉であり「今までのやり方は本当にこれでよいのか? もっといい方法があるのではないか?」というように既存のものに対して流動性を付与する後期近代に代表される「脱埋め込み」の作用の一つであると定義する。それは「本当の自分」というもの絶えず探し求める現象といえるかもしれない。流動的に自己理解を再構成するという志向を保持し続けなくてはならない現代的な自己のあり方自体が自己啓発というジャンルが誕生し、拡大する大きな要因であると理解できる。

2.2.自己啓発書の系譜

 自己啓発という現象の発端から具体的に自己啓発書の古典といわれる書を紹介していこう。まずは代表的なものとしてはサミュエル・スマイルズ(1812~1904)による『西国立志編』(Smiles,1866)である。これは『自助論』とも訳され、「天は自ら助くるものを助く(Smiles,1866.p.2)」というベンジャミン・フランクリン(1706~1790)の格言から始まる。そこでは修身の大切さや自主精神が説かれ、当時の成功者などの逸話などが盛り込まれている。これは現代にまで通じる自己啓発の精神であり、古典と呼ぶに相応しいであろう。また世界的な自己啓発書のベストセラーとしてデール・カーネギー(1888~1955)の『人を動かす』(Carnegie,1936)やナポレオン・ヒル(1883~1970)の『思考は現実化する』(Hill,1937)を挙げることができるだろう。同年代に生まれたこの二つの自己啓発書は日本でもベストセラーとなり『人を動かす』にいたっては世界では1,500万部以上、日本国内だけで430万部の売り上げを誇ってる。
 これらのベストセラーはそれぞれ方法などに差違はあれど、人生の目的や自己の理想を設定し、成功するための原則や認識などを、成功者の逸話などで補強しつつ展開している。これらの古典からも分かる通り、目的や成功が自主精神、前進の精神と結びついて自己啓発書は誕生し、自己啓発という現象はより具体的な様相を帯びてゆく。

 また牧野(2012)は自己啓発書の古典から始まった成功への精神性が日本においては戦後から1960年までに「人生論」「記憶術」「経営者論」の三つに潮流に分かれたと考察する。
 「人生論」とは先述した『西国立志編』のような人生の目的について説くような大局的もので、日本では哲学者・三木清(1897~1945)の『人生論ノート』(三木,1941)などが有名である。これは死や幸福、名誉、孤独などの抽象的な問題群に対する哲学的小論集であり、悩みに対する具体的な処方箋というより「新たな幸福論」と呼べるような大きな視野で展開される。
 「記憶術」とはより実用に結びついた「ハウ・トゥもの」の流行の一つといえるだろう。ベストセラーとしては林髞『頭が良くなる本—心理学が発見した20のルール』(林,1960)や渡辺剛彰『記憶術の実際—早く覚えて忘れぬ法』(渡部,1961)などが挙げられる。こうした記憶術に関する著作では、大脳生理学に基づいた栄養や習慣の大切さや、連想ゲームのように覚える方法などが紹介される。また記憶することで、より仕事で業績をあげたり、様々な試験に通ったりといった経験談も語られ、立身出世の精神と結びついているものが多い。
 またもう一つの「経営者論」としては松下幸之助の『物の見方考え方』(松下,1963)や『若さの贈る』(松下,1966)などが挙げられる。松下の著作におけるメッセージは、謙虚でありつつ常に誠実に仕事に邁進するという点で終始一貫しており、それは端的に「心構え」の体得ともいえるだろう。他にも経済評論家の三鬼陽之助の『決断力—迷ったとき、経営者はどうしたか』(三鬼,1968)などもベストセラーとなり、「経営者論」とはまさしく高度経済成長期の精神性を反映する形の自己啓発書である。また伊佐栄太郎が指摘するようにこのころから自己啓発書は教養主義者ではなく実業家などに移行していった(伊佐,2006)。
 
 このように戦後からの復興と高度経済成長期における向上の精神と共に発展していった日本の自己啓発書は1970年代から1990年代前半にかけて「失われた『心』の模索」というムーブメントへと繋がってゆくことになる。牧野(2012)によればそれは「仏教書ブーム」や「ライフスタイル・ライフワーク論」などに分類できるという。
 「仏教書ブーム」の端緒として薬師寺管主・法相宗管主である高田好胤の『心—いかに生きたらいいか(高田,1969)と『道—本当の幸福とは何であるか』(高田,1970)を挙げることができる。高田の著書は法話を活字化したもので直接的に生き方や考え方の啓発をおこなうものではないが、他者に感謝して生きることやいつくしみの心が説かれている。また臨済宗龍源寺住職である松原泰道の『般若心経入門—276文字が語る人生の知恵』(松原,1972)では多忙な生活の中で忘れてしまった心の大切さがうたわれている。これらの「仏教書ブーム」は、高度経済成長期にみられた前進の精神に対する反動として捉えることができるかもしれない。
 「ライフスタイル・ライフワーク論」も1970年代の一つの潮流ということができる。ベストセラーといえば英文学者である渡部昇一の『知的生活の方法』(渡部,1976)などが挙げられる。また他にも井上富雄の『ライフワークの見つけ方—サラリーマン生活で何を残すか?自分のための学習法からプロフェッショナルになるまでの法』(井上,1978)という主にサラリーマンのライフワークに焦点を当てた書籍もベストセラーとなっている。これらの書籍は仕事にまつわる目標や実行計画、また家庭作りや趣味に至るまで生活や日常の中で果たすべき目標などが語られ、今までの「人生論」と比べてより個人的な生き方を指南している。
 また牧野(2012)はその後の1980年代後半から1990年前半にかけての自己啓発書を「バブル経済」における消費文化の反動としての「伝統精神への回帰」に重きが置かれるようになったと指摘している。それは豊かさの中で失われたものを取り戻すといった内容であり、ドイツ文学者の中野孝次の『清貧の思想』(中野,1992)や新渡戸稲造の著書の現代語版『自分をもっと深く掘れ!—新渡戸稲造の名著『世渡りの道』を読む』(新渡戸,1990)などが伝統文化を再登場されたものとしてベストセラーとなっている。

 こうした「失われた『心』の模索」や「伝統精神への回帰」などの流行の中で1990年代後半、自己啓発書に大きな変化が起こったと牧野は指摘している。それは医師である春山茂雄の『脳内革命—脳から出るホルモンが生き方を変える』(春山,1995)というベストセラーを皮切りに起こった、言葉や心構えではない自己の内面へのアプローチの登場である。それは、脳科学などによって、今まで不可視で不可触であった対象に具体的に働きかける方法が登場したということである。
 またこうした内面へのアプローチの流行は、「邦訳自己啓発書」のベストセラーにも繋がった。それはそれまでの自己啓発書とは違い『7つの習慣—成功には原則があった!』(Covey,1989)という題名からも分かる通り、綿密で具体的なプログラムと共に自己を改変させるといった類のものである。
 具体的な方法による内面の対象化は2000年代に入っても継続され、実に多様な形で展開された。それは『鏡の法則—人生のどんな問題も解決する魔法のルール』(野口,2006)などに代表される超越的方法論であったり、スピリチュアル・カウンセラー江原啓之の『人はなぜ生まれいかに生きるのか』(江原,2001)などのスピリチュアル・ブームと共に展開された。

**2.3.多様化する自己啓発 **

 様々な広がりをみせた自己啓発書はより一般化し、仕事術やビジネス書などにも波及している。

 

図3:各自己啓発メディアにおける動向の整理(牧野[2012]を参考に作成)

 牧野(2013)の指摘によれば自己啓発は就職活動における市場にも自己分析マニュアルとして入り込み、女性のライフスタイル誌や男性のビジネス誌などにも浸透しているといる。また、図3からも分かるように自己啓発書の特性やそれに付随する言説は時代の性格と共に変化し、拡大を続けている。それは「自己の再帰的プロジェクト」と表現されるように流動的であるからこそ強く保持されてゆくシステムといえるだろう。牧野(2012)の主張するように現代は、あらゆるものを自己の内に取り込み、成長を続けなければいけないという強迫観念と結びついた「自己啓発の時代」といえるのもしれない。
 
 現代日本では自己啓発という現象が様々な媒体によって拡大、拡散している。それは牧野の先行研究(2012)によって明らかになった自己啓発書の多様化だけでなく、セミナーや広告、あるいはYouTubeやTwitterなどのメディアに乗ってもやってくる。小池(2007)によれば、自己啓発セミナーのルーツは1910年にアメリカで生まれたグループセラピーであり、日本では1980年半ばから1990年代に流行をみせたという。また日本の自己啓発セミナーブームはバブル経済の産物ともいえ、小池靖がおこなった調査やインタビューによれば最盛期は大小含めて百以上のセミナー会社が存在し、10万人以上がセミナー受講経験を持っていたという(小池,2007)。また社内で意識を高めるセミナーを実施している会社も多く、そのセミナーを請け負う企業すらも存在する。
 世に溢れる広告においても私たちは自己啓発的な言葉を数多く目にする。旅行会社は「人生を変える旅」をうたい、美容院やエステも「自分磨き」を喧伝するようになった。
 また現在、自己啓発書は多様化するだけではなく媒体を変えても拡大をみせている。吉野源三郎の人生論ともいえる『君たちはどう生きるか』(吉野,1937)が漫画となった『漫画 君たちはどう生きるか』(2017)は152万部を越える売り上げでベストセラーとなり2018年の年間本ランキングの一位になっている。他にも耳で聴く書物としてAmazonのオーディオブックではアドラー心理学を紹介した岸見一郎・古賀史健著『嫌われる勇気』(岸見,古賀,2013)やホリエモンこと堀江貴文の『多動力』(堀江,2019)、メンタリストDaiGoの『知識を操る超読書術』(DaiGo,2019)などの自己啓発書が軒並みランキング上位となっている。
 他にも『自己肯定力~そんなことで私の価値は変わらない~』(鴨頭,2019)の著者であり「自己革新セミナー」の主催者である鴨頭嘉人はYouTube公演家を名乗り、YouTubeを通じて自己啓発活動を続けており、2019年12月現在では95万以上の登録者数を誇っている。こうした自己啓発市場は様々な方向に拡大を続けており、事例は枚挙にいとまがない。
 そんな中、自己啓発市場を中の新たな潮流が現れた。それは「筋トレ」という自己啓発である。身体を伴った自己啓発とは今までの自己啓発の歴史の中に存在した一つの流れではあるが、それは現代になって大きな潮流になりつつあるものなのだ。

**3.自己啓発としての「筋トレ」 **

**3.1.筋トレとは **

 「筋トレ」とは「筋力トレーニング」の略称であり、それはスポーツや仕事のために行われるものや健康維持のためのもの、または筋肉の肥大自体を目指したボディビル的なものがある。トレーニングの種類としては自らの身体と重力のみを用いた腕立て伏せなどの「自重トレーニング」や器具を用いた「ダンベルトレーニング」、「マシントレーニング」、「バーベルトレーニング」などが存在する。目的や方法も多様な筋力トレーニングに一貫していえることは「筋肉を鍛えることを目的とした運動」ということだ。
 
 そもそも「筋トレ」とはいつから始まったのだろうか。これから窪田登『筋力トレーニング法 100年史』(窪田,2007)を参考にして少し歴史を振り返ってみようと思う。まず窪田(2007)が指摘するのは筋力トレーニングという行為がおそらく有史以前から存在し、筋肉ないしは力を持つことが積極的に評価されてきたということだ。またダンベルの原型といわれている「ハルテレス、Halteres」という取っ手のついた石の重りが古代ギリシア時代から発見されており、何かの行為によって付随的に筋力が増強するのではなく、筋力を増強するという目的自体の運動が存在したことは明らかである。
 このように筋力トレーニングという行為は昔から存在することが分かったが、ここではあくまで今日的な筋トレに繋がるウェイトトレーニングの始まりから振り返っていこう。ウェイトトレーニングとは重力を用いた筋力トレーニングであり、今日では自重を用いたトレーニングもそれに分類されるため、筋力増加や筋肥大を目的としたほとんどの筋力トレーニングがウェイトトレーニングにあたる。

 窪田(2007)によるとウェイトトレーニングの具体的な方法論の登場は19世紀初めごろと言われている。体育指導者であるドイツ人のヨハン・グーツムーツ(1759~1839)とフリードリヒ・ヤーン(1778~1852)が今でも筋トレの基礎となっているレジスタンスエクササイズ(抵抗負荷訓練)を推奨した。特にグーツ・ムーツが1793年に出版した『青少年のための体育』(GutsMuths,1793)の第二版(1804)の中でダンベル体操が紹介され、トレーニングに対する一般大衆の関心が高まったとされている(Webster,1976)。
  その後1870年頃から中部ヨーロッパにてウェイトトレーニングは広がりを見せ始める。 デビット・ウィロービー(1970)によれば、1880年頃にはドイツやオーストリアを中心に筋力トレーニング専門の施設があり、1891年にはドイツにウェイトリフティングやレスリングを統括する重技の組織が誕生し、1895年にはフランスでウェイトトレーニングを含むフィジカルカルチャーの組織ができた(Willoughby,1970)。同じころ、アメリカにおいてもトレーニングジムができ始めた。重量調節式ダンベルを開発したイギリス人のルイス・アティラ(1844~1924)はアメリカに渡り、1894年にニューヨークにフィジカル・カルチャー・スタジオを開いた(窪田,2007)。それまでのダンベルは重量の調節ができず、漸進的なトレーニングをするためには各重量のダンベルやバーベルを揃えなければいけなかったと考えられるのでアティラの発明は非常に画期的なものだった。施設や組織の誕生、そこで使われる道具の開発といったことを契機に筋トレが徐々に大衆人気を集めていったことが分かる。
 また筋トレを語る上で紹介しなくてはならないのがユージン・サンドウ(1867~1925)という人物だ。彼は1867年に東プロシャで生まれ、19歳の頃には怪力パフォーマンスの興行を始め、瞬く間にスターとなった。ウェイトトレーニングの理論的基礎を築いた彼は「近代ウェイトトレーニングの父」と称されている。そんなサンドウがトレーニングに目覚めたのは、10歳の頃に父親に連れられたイタリア旅行の際だった。彼は美術館で筋肉隆々とした古代ギリシア・ローマ彫刻を見て、その肉体美に憧れた。 父にどうしたらあのような体になれるのか聞いたところ「体操をすることだ」と言われ、帰国して早速アスレティッククラブに入会、体操に励んだ。だが一向に身体が大きくならず、医科系の学校で解剖学を学び、それを基礎にサンドウ・ダンベル・トレーニング法という有名なトレーニング法を編み出したのである。解剖学を学んでいたことから彼の体は均整の取れた肉体美となっていて、1893年にはアメリカに上陸し人気を博した。また彼が1897年に上梓した『Strength And How To Obtain It』(Sandow,1987)は19種類のダンベル体操を紹介し、世界的にダンベル体操が流行することになった。
 
 このように西欧で流行したウェイトトレーニングが日本に輸入された。サンドウを日本に取り入れたのが講道館柔道の創始者である嘉納治五郎(1860~1938)である。彼は1900年にサンドウの『Strength And How To Obtain It』(Sandow,1987)を種本とした『サンドウ體力養成法』(嘉納,1900)を出版し、日本にトレーニング理論を持ち込んだ。
 また日本の筋トレ創成期を代表する人物が怪力と称された若木竹丸(1911~2000)である。彼は1938年に『怪力法並びに肉体改造体力増進法』(若木,1938)を出版し、日本における筋トレブームに火をつけた。またそこでは日本が日中戦争に突入していくなかでの全国的な体力増進が叫ばれ、体育の重要性が説かれている。嘉納と若木に共通するのは西欧の強靭な身体に追いつこうとする意志であり、そうした機運は戦争を前にしてますます高まった。
 もちろん、当時においても各々の筋トレをする目的があったはずだが、日本における筋トレのムーブメントは国民の健康増進や日本民族の体格改良といった旗印の元に発展し続けた。 また力道山によるプロレスブームや戦後の国の威信をかけた東京オリンピックの存在によっても筋トレは普及し始め、国内におけるジムの数も少しずつ数を増やしていくこととなる(窪田,2007)。

 このよう筋トレは具体的なトレーニング方法や科学的な理論、ジムや組織などの登場、トレーニング器具の誕生などによって、現代にまで通じる形へと変わっていった。こうした歴史から分かるのは方法や理論が確立されたことで広まり、誰もが正しいトレーニングをすれば筋肉をつけられるようになったということである。トレーニング理論は日本にも導入され、西欧人だけでなく日本人も強靭な肉体を作ることができると証明された。また日本における筋トレの発展が時代的精神と結びついていたように、強い身体によって競争に勝つという動機も筋トレの広まる大きな要因と考えられる。

**3.2.拡大する筋トレ市場 **

 筋トレの歴史からそれがいかに拡大してきたかをみてきたが、ここでは現代における筋トレの人気を計るために、まずはスポーツそのものの現状をデータから見てみたい。

図4:成人のスポーツ実施率の推移(出典:スポーツ庁,平成30年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」)

 図4は平成31年2月28日にスポーツ庁から報道発表された、平成30年度「スポーツ実施状況等に関する世論調査」による平成3年からの「成⼈のスポーツ実施率の推移」である。平成30年度では、週一日以上の運動・スポーツをする成人の割合は55.1%となっており、前年である29 年度 51.5%から大きく増加している。また男性、女性共に 20 代~70 代すべての年代において前年度より増加している。また週に三日以上だと27.8%であり、こちらも前年の29 年度 26.0%に比べて増加している。全体的にみると平成27年あたりに一度減少をみせているが、それ以降は年々上昇している。

図5:この1年間(平成30年度)に実施した種⽬について(出典:スポーツ庁,平成30年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」)

 また同調査における「この1年間に実施した種⽬について」では一位はそれ以外に圧倒的な差をつけてウォーキング(散歩・ぶらぶら歩き・一駅歩きなどを含む)に次いで階段昇降(2アップ3ダウン等)、そしてトレーニング(筋力トレーニング・トレッドミル・室内運動器具を使ってする運動等)の順番になっている。
 図5によると平成30年度においてトレーニングをしている人の割合は男性17.9%で女性は12.9%となっている。そして前年の29年度における同調査ではトレーニングをしている割合は男性が15.0%、女性が10.8となっており、スポーツ実施率の全体的な上昇と共にトレーニングをする人の割合は確実に増えている(スポーツ庁,平成29年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」参照)。
 
 また平成29年7月14日に総務省統計局から発表された「平成28年社会生活基本調査―生活行動に関する結果―」における「「スポーツ」の種類別行動者率(平成23年,28年)」の調査では、このような結果が出ている。

図6:「スポーツ」の種類別行動者率(平成23年,28年)(出典:総務省統計局,「平成28年社会生活基本調査―生活行動に関する結果―」)

 この調査によると「器具を使ったトレーニング」が平成28年には14.7%となっており、これを平成23年と比べると、4.8ポイント上昇となっている。先ほどのスポーツ庁の調査とは種目の分け方自体が異なるために一概には言えないが、筋力トレーニングを含めたトレーニング全般の実施率が年々増え続けていることは共通している。

 また笹川スポーツ財団が行った2000年から2010年までの「スポーツ活動に関する全国調査」をまとめた「種目別にみるスポーツ実施状況に関する研究」において、成人の年1回以上の実施率上位13種のスポーツの実施率を2000年から2010年にかけて比較したデータがある。

図7:成人の種目別スポーツ実施人口の推移(2000,2010年) (出典:笹川スポーツ財団「種目別にみるスポーツ実施状況に関する研究」)
 
 2000年からの10年間の推移をみると、年1回以上の実施人口の増加がみられる種目は「サッカー」「バスケットボール」「バドミントン」「テニス(硬式)」であり、週1回以上では「サッカー」「バスケットボール」である。つまり、年1回以上、週1回以上ともに増加している種目は、13 種目のうち「サッカー」と「バスケットボール」のみである。
 こうした調査から分かるのは、一般的にメジャーされているスポーツの実施率は全てが増加しているとはいえず、成人のスポーツ実施率全体の上昇を押し上げているのは「ウォーキング」や「体操」、「筋力トレーニング」などの個人でも気軽にできるエクササイズ系の種目であるということだ。 

 では、筋トレに関連するフィットネスクラブ業界はどうだろうか。近年のフィットネスクラブはスポーツジャーナリストの櫻井康夫が語るように、まさしく「多様化」と「成長」という言葉で表すことができる(櫻井,2018)。
 まず多様化という側面からみると、アメリカを中心に世界中に支店を展開しているGOLDGYMや24時間いつでも空いているエニタイムフィットネス、マンツーマンでの徹底的な食事管理でここ数年人気のRIZAP、バリュー志向のジョイフィットなど様々なフィットネスクラブが登場し展開している。

図8:国別フィットネス市場の規模推移(2012年~2017年) (出典:株式会社クラブビジネスジャパン「日本のクラブ業界のトレンド2017年版」)

 図8はアメリカ・イギリス・日本における、クラブ数・会員数・参加率・売上高を2012年から2017年まで表したものである。まず日本を見てみると、クラブ数は2012年に3945軒だったのが、2017年には5299軒まで増えている。会員数も403万人から徐々にその数を増やし、463万人にまで伸びている。また売り上げの側面からみてみるとアメリカ・イギリス・日本の全てで上昇しており、フィットネスクラブ業界の世界的な市場拡大がうかがえる。
 フィットネスクラブでは筋トレを一切やらないという人を配慮することはできなかったものの、フィットネスクラブの軒数や会員数は着実に増えていることから、年を追うごとに筋トレの人気は高まっていると言えるのではないだろうか。
 以上のデータからスポーツ人口の増加やフィットネスクラブの増加と共に市場は拡大し、筋トレに励む人口は増えているといえるだろう。

**3.3.筋トレと自己啓発 **

 現代における筋トレ人口の増加と市場全体の拡大を確認したところで、なぜ人が筋トレに惹かれるのかついてを、先述した筋トレの歴史を踏まえた上で、自己啓発的な文脈と結びつけて考えていきたい。
 筋トレをする大きな動機として、近代ウェイトトレーニングの父であるユーシン・サンドウがギリシア彫刻に憧れ、日本が西欧に追いつこうとしたように、理想や向上の精神と結びついていると考察できる。もちろんスポーツや健康維持の目的もあるはずだが、ここではより良い身体を求めるという筋トレの自己啓発的な側面を探っていこう。 

 まず初めに身体的コンプレックスから自己を啓発するために筋トレを始めた個人の例として、作家でありながらボディビルに没頭した三島由紀夫を紹介したい。
 幼少期の三島は「アオジロ」とあだ名を付けられるほど病弱な子供だった。そして1944年、彼が大学生であったころに陸軍から入営通知が来たが、入隊検査で病状が報告され軍隊に入ることはなかった。このことが大きなコンプレックスとなり、彼は肉体的劣等感を抱き続けた。そんな彼がボディビルに惹かれていったのは30歳の頃だ。彼は玉利齊という「早稲田バーベルクラブ」を創設し、後に日本最大のボディビル団体である社団法人ボディビル・フィットネス連盟(JAPAN BODYBUILDING&FITNESS FEDERATION;JBBF)の会長も務めた人物と出会い、トレーニングすることを誓う。彼は『実感的スポーツ論』(三島,1964)にて「三十歳の年の夏、私に突然福音が訪れた。これがのちのち人々の笑ひの種子になり、かずかずの漫画の材料にもなつたボディビルといふものである」と語っている(三島,1964,p.
228)。そこから三島はボディビルの虜となり、自身の作品『鏡子の家』(三島,1959)においてもボディビルをする男を登場させている。
 また彼は自身の通うジムの鏡からナルシシズムと筋肉の関係についても語っている。

 そこには多くの鏡はあるが、鏡の前は大てい混雑しており首をさし出してネクタイを結ぶのも容易ではなかった。青年たち、もっとも平均的な、とりたてて知的でもない、環境も教養も職業もちがう種々雑多の、ある者は学生であり、ある者はバーテンダーであり、ある者は元柔道戦手であり、ある者は技師である、これら何ら共通点のない青年たちが、自分の育成した二頭膊筋や大胸筋を鏡に映して、その光りかがやく新しい筋肉に、時を映るのも忘れて見とれているのを見て、私はナルシシズムが、男のもっとも本源的な衝動であり、今まで社会的羞恥心から隠蔽されていたにすぎないのではないか、という考えをいよいよ強めた(三島,1966,p.87)。

 他にも彼は、人生を振り返り自身の美学と肉体について語った『太陽と鉄』(三島,1968)というエッセイで「自意識が発見する滑稽さを粉砕するには、肉体の説得力があれば十分なのだ」と語り、筋肉と精神の変化を強く結び付けている(三島,1968,p.38)。彼にとっては筋トレこそが自身を心身ともに強く変えるものであったのだ。
 筋トレによる身体の変化は身体的コンプレックスを払拭し、自信やナルシシズムを開花されることに繋がる。そして現代における筋トレの自己啓発は三島由紀夫のように強いコンプレックスや、精神に対するある種の厳格さと結びついてるのではなく、非常に簡易的に、また個人主義的に反復されていると考えられる。

 これから筋トレと自己啓発を結びつけた現代的な例として『人生の99.9の問題は、筋トレで解決できる』(Testosterone,2017)という書籍と著者のTestosteroneについて少し紹介したい。
 まずは『人生の99.9の問題は、筋トレで解決できる』(Testosterone,2017)の内容を少し紹介しよう。それは自己啓発的な文言で筋トレを推進するといったもので著者のTestosteroneがTwitterで発信した内容などを主に深めた「筋トレ哲学・人生論」である。著者は筋トレをあらゆるスキルアップに必要な「成長のサイクル」の一つの例だと捉え、筋トレを通じて自信やタイムマネジメント、自己コントロールを獲得できると論じている。また簡単な筋トレ方法と共に「異性にモテないなら二頭筋トレーニング」、「自分が好きになれないなら三頭筋トレーニング」、「やる気がでないなら大胸筋トレーニング」と言ったように、筋肉の名称と共に悩みの解決が結び付けて語られる。
 著者であるTestosteroneは学生時代110キロに達する肥満児だったが、アメリカ留学中に筋トレと出会い、40キロ近いダイエットの成功と逞しい体を獲得することに成功したという。また彼は現在、アジアのとある都市で社長として働いてると述べ、自身の経験を成功の例と挙げることで持論を補強して展開する。これは自己啓発書における「経営者論」と同じような図式でもある。また彼は2016年に初めての著書である『筋トレが最強のソリューションである マッチョ社長が教える究極の悩み解決法』(Testosterone,2016)を出版してから、同年に3冊、2017年には7冊、2018年には5冊とかなりハイペースに本を出しており、その人気が伺える。とにかく平易で読みやすく、現代人が悩みとする「痩せない」「仕事」「モテない」「うつ気味」といった問題を筋トレと絡めることで幅広い読者を獲得しているようだ。

 また彼が繰り返し使うのが「筋肉は裏切らない」というフレーズだ。この言葉はなんと2018年新語・流行語大賞で11位にノミネートされている。この言葉は恐らく東京大学教授理学博士であり自身もボディビルダーとしても功績を残している石井直方の『鍛える理由—筋トレは人生を変える!』(石井,2010)から使われるようになった言葉であろう。この著書の「おわりに」において「筋肉は裏切らない」という言葉と共に筋トレの魅力が語られる部分があったので引用しよう。

「人間誰しも向上心をもっています。今よりもよくなりないという欲求は、万人がもっている気持ちです。筋トレは、方法さえ間違えなければ、必ずこの欲求に応えることができます。サッカーでシュート練習をしたからといって、試合で必ずゴールを決められるわけではありませんし、勉強したからといって、成績が必ずしもあがるわけではありません。もちろん、こうした努力を続けることによって、ある時ゴールを決めることができる人もいるでしょう。試験の成績などに反映されて、自分自身のレベルが高まっていることを知る人もいるでしょう。なかには、受験に合格して成果が実を結ぶ幸運な人もいるはずだ。ただ、多くの場合、練習や勉強をしたからといってすぐに結果につながるわけではありません。
 ——しかし、筋肉は努力を決して裏切りません。身体は必ず正直に反応するので、トレーニングをさぼれば筋肉は萎んできますし、しっかりとトレーニングを積めば必ず筋肉がついてきます。向上心を満たすのが最適なものが「筋力トレーニング」といっても過言ではないのです。
 ——「筋肉は裏切らない」繰り返しになりますが、これが私が感じている筋肉の最大の魅力です。筋肉が変われば、自分を変えることができます。そうすれば、さらに豊かな人生がそこに待っています」(石井,2010,pp.202-205)。

 こうした文章からも分かる通り、筋トレと向上心を刺激する自己啓発的な言説は非常に親和性が高い。それは三島由紀夫が変わっていく自身の身体に満足し、Testosteroneが筋トレを成長、筋肉を成功の証としたように、身体を変化を実感するものとして利用することで効果を発揮する。また石井が述べているように、それは運や偶然に左右されず、誰でも必ず成果が出るものとしても人々から支持されているようだ。

**3.4.身体と自己啓発 **

 現代における筋トレの自己啓発的な側面を考察したが、優れた身体と優れた精神を結びつける言説は、それこそ古代ローマの詩人ユウェナリス(60~128?)の「健全な精神は、健全な肉体に宿る」という言葉に代表されるように非常に古くから存在するだろう。
 西洋史学者である伊藤貞夫は古代ギリシアにおける身体と精神の理念についてこう語る。

 肉体的にも精神体にも均整のとれた全人間的な能力の育成は、しかし階層の如何を越え、個々のポリスの枠を越えて、当時の市民たちすべてに共通する教育理念であった。
 ー美しく且つ強壮な肉体と知情意の均衡のとれた人格とを兼ね備えた理想人物として、我々は悲劇作家ソフォクレスを想い起すことができよう。『オイディプース』を初めとする世界文学史上の傑作を次々に産み出すと同時に、彼はペリクレスの同僚として全盛期のアテネの政治と軍事を指導する将軍(ストラテゴラス)の一人でもあった。今日に残る肖像は、彼が威厳と品位とを具えた容姿端麗の偉丈夫であった事実を伝えている。盛期ギリシアにおける人間形成の理念は、彼のなかに文字通り具現されていると見てもよいかもしれない(伊藤,1986,p.252)。

 このように優れた身体を持つものは優れた能力を持つという言説は古くから存在し、現代においてそれは自己啓発的な筋トレ市場拡大の一つの要因となっていると考えられる。谷本道哉の『世界のビジネスエリートの常識―人生を変える筋トレ』(谷本,2019)では、経営者やエリートは自己管理ができており、その一環として筋トレをするという図式が展開される。このように筋トレ・筋肉による強い身体は、古代ギリシアのように社会的地位を示すものとしても再び機能し始めているのかもしれない。
 また竹内一郎の『人は見た目が9割』(竹内,2005)という書籍が190万部を越すベストセラーになったように、筋トレや筋肉に限らず、自己を身体や外見として捉えなおし、そこに積極的に価値を見出そうとする潮流が現代に確かに存在するのである。
 多種多様な価値観が生まれ、単純な人口も増えた現代において、身体は直ぐに判断できる個人の特性として理解されるだろう。また、あらゆる自由の中で自分らしさが求められる時代において、目に見える行為は確実に自分と向き合えるものであり、身体は変化を実感できるかっこうの対象となるのだ。
 自己啓発という絶えず自己を変えてゆく志向の中で、身体という媒体を通じて自己を変化させるという、一見すると原始的な方法が自己啓発書における「仏教書ブーム」の時のように現代的な風貌を帯びて再び姿を現したのである。
 

**4.身体への欲望と自己啓発 **

4.1.身体への欲望

 身体を伴った自己啓発の根底にある自身の身体に対する関心は、現代の健康ブームとしても読み解くことができるだろう。医学博士である米山公啓は『健康という病』(米山,2000)において健康ブームに潜む現代人の健康への欲望を明らかにした。米山(2000)によると現代は血液検査や人間ドックによって身体のあらゆる調子が可視化され、血糖値や体脂肪率などの基準が流布されることで、人々が絶対的な健康を求めるようになったという。私たちは自身が健康であるという意識だけでは飽きたらず、誰かから健康と言われなくては満足できないのである。またリスクや潜在的なものから病気を考えると、自身が健康であると胸を張って言える者は少なく、そのうえ身体だけではなく精神の健康も考えると、絶対的な健康は、決して手の届かない理想とすらいえるのである。また米山(2000)は医学が進歩した今だからこそ「病気と健康という、人間のからだの状態を二つに分けることは、次第に困難になってきた」と語り、「結局、どのような基準を作っても。そこからはみでる人はみな不健康ということになり、結局は不健康な人間を作り出すことになってしまう」と指摘している(米山,2000,pp.26,28)。また身近に健康診断や実践できる健康法があれば人は試さずにはいられない。現代において健康という概念は大きな市場を生んでおり、人々は更なる健康を目指して身体を消費するようになるのである。
 こうした現代人の身体に向かう欲望は自己啓発の根幹にある「自己の再帰的プロジェクト」のように何度も更新されてゆくことで強く保持されるもので、自分の中で確かな基準を設けなければ終わることのない欲望である。また、そうした身体に対する志向は自己を向上させるという自己啓発的な市場と相まって拡大し、より強い身体を求める筋トレのような形でも発展した。健康がお金では買えないように自己の身体に関する欲望は、交換可能なものではないからこそ、誰もが個人で追い求めることができる。現代人は自分にだけ操作可能な、欲望の対象としての身体を持っていると言えるだろう。

 健康が基準や検査による一定の可視化を経て欲望の対象となるように、肥大する筋肉は目に見えるゆえに欲望の対象となり易い。作家の増田晶文は『果てなき欲望—ボディビルに憑かれた人々』(増田,2000)において実際の取材や逸話を通じてボディビルダーたちの筋肉への欲望を描いている。その中で実際に1996、2000年アジアボディビル選手権で優勝し、全日本ボディビル選手権においても二度の優勝を果たしているボディビルダーの矢野義弘が「鏡に映る自分の肉体を見て、一度も満足したことはない」という場面がある(増田,2000,p.95)。人々から羨まれる一流のボディビルダーにも関わらず、矢野は自分の身体に満足せず未完成なものとして捉えている。また矢野は続けて「おじいさんになったら、自分はどうなっているんだろう。ボディビルをやめると、また痩せてしまって細い老人になっているような気もする。この身体がどう変化しているのか、見たいような、見るのが恐ろしいような……」と自身の身体変化に対する不安も漏らしている(増田,2000,p.95)。
 このように筋肉は自分の努力の分だけ返ってくるものであるが、それゆえに失うことの恐怖がつきまとう。人は一度欲望を点火するとなかなか止まることができない。そうした欲望とうまく付き合っていくことが今後求められるだろう。

4.2.自己啓発との向き合い方

 二つの書籍から現代人の身体への欲望をみてみた。それは追求してしまうほどの表れる病であり、果てなき欲望である。また健康や筋肉だけでなく、美を追求するあまり病的な身体になる人々を現代においては見ることがあるだろう。理想の身体に執着しすぎると文字通り身を滅ぼしかねない。
 人々は必ず自己に対する欲望を持っており、それは自己啓発という自己の変化を求める言説によって加速されていく。現代という、あらゆる欲望が許された時代において、それらは良くも悪くも人を動かす原動力になるだろう。人生論を読んで大志を抱くことは悪くないし、経営者論を読んで起業を目指すのも決して悪くない。もちろん筋トレで自分に自信をつけることも、身体に関心を持つことも悪くはない。
 だがそれが単に向上心を満たすだけのもの、自己を更新し続ける道具として自己目的化してしまうと、絶え間ない自己啓発の渦から抜け出すことが困難になってしまう。あらゆる自己啓発的な言説が溢れている現代では、身体すらも自己の消費として欲望の対象となるのである。しかし、そうした欲望には終わりがなく、自分の中で区切りを設けなければ、ステロイドに手を出すボディビルダーのように暴走をしてしまうかもしれない。
 だからこそ私たちは自己啓発とうまく付き合い、自分と向き合うだけはなく、社会の中で開かれた自己を構想しなくてはならない。

**5.おわりに **

 筋トレを始めて私は自分の身体にある程度自信が持てるようになった。それは確かに人生を豊かにしてくれる。しかし、筋トレだけに執着しては他の物事を蔑ろにしてしまう。だからこそ筋トレとうまく付き合うことで、筋トレ以外の喜びを見つけることが大切だ。長期的なスパンで筋トレと向き合い、その先にあるものを決して忘れないことが、今私たちに必要な能力である。

**文献 **

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