「今更ながら黄金の風」9月11日

今、Netflixでジョジョの五部 黄金の風を観ている。

四部まではリアタイしていたが、五部をやっていたころはアニメ自体を観ていなかったので流してしまった。
めちゃくちゃ後悔してる。あ~~本放送時に盛り上がりたかったな~~

28話「今にも落ちて来そうな空の下で」まで観た。
リアタイ勢はお察しと思うが、感情がぐちゃぐちゃになってしまった。
これ以上の一気観は無理ということで、一旦整理する意味でも記事にしようと思う。

ここからは、気になった話やシーン、キャラについてざっくり語っていこうと思う。

私が一期で一番好きな話であり、ベストバウトだと思っているのが、21話「キングクリムゾンの謎」だ。

ボスの娘、トリッシュをボスの元へ護送する任務に就いていたブチャラティ、ジョルノ一行、ついに指定の場所に辿りついた彼らだったが、ボスの目的が自分の正体に繋がる恐れのあるトリッシュを自らの手で消すことであったことが判明する。
そのあまりにも邪悪な行いに激高したブチャラティは単身ボスに挑むこととなる。

腹を貫かれ、左肩から胸までを深く抉られるという致命傷を受けながらも
キングクリムゾンの能力が数秒間の未来予知であることを看破したブチャラティは、絶対絶命の状況から、キングクリムゾンに読まれる行動のさらに先まで織り込んだ攻撃――キングクリムゾンによって避けられた後の、一見無意味に見える動作によって脱出路を形成していた――を放つことで逃走に成功する。
そのときボスを眼下に見下ろしながら彼が放った台詞が以下である。

アンタの能力、無敵だが、動きを読めるのは短い時間だけらしい。先を読んでいない!時間の先を!俺の未来の動きを読んでみろボス。これから数秒後の俺がどう行動するか。時間の先を見てみるがいい。既に一階に登っている俺が見えるはずだ。

この台詞、ボスの能力への慢心を喝破すると同時に、その在り方、未来へと進むのではなく現在の絶頂を維持するという「結果」に拘泥し、そのためには娘殺しという邪悪な手段(「過程」)をも厭わない醜悪な在り方への痛烈な批判となっているのではないだろうか。
かっけ~~~!!!もちろん最後はブチャラティがボスになるんですよね?
そうだよね!?

そんな訳で、ブチャラティに惚れ込んでしまった私は、一気に28話まで観てしまったのだが、28話「今にも落ちて来そうな空の下で」遂に来てしまった……仲間の死。

ブチャラティがボスに反旗を翻してたことにより、追われる身となった一行は、追手との激しい戦闘を経ながら、ボスの故郷と目されるある島にたどり着く。
そこでアバッキオのスタンド、ムーディー・ブルースの過去を再生する能力によってボスの正体を掴もうとする。
しかし、単独行動中の一瞬の隙を突かれ、アバッキオはキングクリムゾンによって殺害されてしまう。

今際の際、彼岸と此岸の間ような世界で、彼は一人の警察官と出会う。
その人物は、警官時代のアバッキオが彼の汚職が元でアバッキオを庇って射殺された先輩警官だった。

先輩警官はそこで、割れた大量のガラス片から、犯罪に使用されたものだけを探すという気の遠くなるような作業を行っていた。
そんな先輩警官にアバッキオは、その行為が無駄になるとは考えたりしないのかと問う。それに対する先輩警官の答えが以下だ。

私は結果だけを求めてはいない。結果だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ。近道をしたとき、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。大切なのは、真実に向かおうとする意志だと思っている。向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしてもいつかは辿りつくだろう。向かっているわけだからな。違うかい。

この台詞もまた、アバッキオ達の在り方を強く肯定するとともに、間接的にボスの在り方への痛烈な批判となっている。大切なのは「結果」ではなく「真実に向かおうとする意志」だと。
名前もないキャラにこんなカッコいい台詞を言わせちゃうのが、余計響く
スーパーパワーを持たない一般人の魂の輝きみたいなシーン大好き。
それにしてもこのラスボス、登場するたびに論破されてるな。

先輩警官はさらに続ける。アバッキオも真実に向かおうとする意志を持っている、それをやり遂げたのだと。そしてその意志は仲間たちに受け継がれていくのだと。

それを示すように、アバッキオが最期の力を振り絞ってムーディー・ブルースに掘らせたボスのデスマスクが現場には遺されていた。

キングクリムゾンの最強の能力が、そのままボスの在り方の醜さに繋がっているってのは設定の妙だな~。天才的。スタンドは使い手の精神の在り方が反映されるみたいなので当たり前と言えば当たり前なのか?

今までの作品でそういう見方をしていなかったので新鮮だ。
ジョルノの生命を生み出すゴールド・エクスペリエンスについては、生命=希望という意味で分かりやすい。じゃあブチャラティのスティッキー・フィンガーズはなんだろう。

ジッパーの本質は、開くことよりも切断面を閉じる(結びつける)ところにあるように思う。
彼はこの力を使って切断されたトリッシュの腕を繋げている。ジョルノとの出会いでも他人の腕を自分に繋げている――このシーンはジョルノがブチャラティを「いい人」だと評する切欠となるシーンだ。
スティッキー・フィンガーズの能力は、チームのリーダーとしてジョルノを仲間たちと引き合わせる役割や、個性豊かなメンバーたちを結びつけるリーダーとしての資質を示しているんじゃないだろうか。

あー続き見たいけど、見るのが怖い

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