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人が少ない金曜日の会社にて思うこと

出社して40人のフロアに10人くらいの在社。

テレワークはもちろん誘惑は多いが、出社してもやる気がわくということもない。

それでいいのか?という思いはもちろんある。

やることがあるときは時間が早いが、やることがさし迫らないとやる気が出ない。
早く片付けても評価される環境にないということもあるかな。

そしてメンタルをやらかして管理職になりません(なれません)宣言をしながらも、そこそこのお給金を生活のためにいただいている。

そして暇だからとリアルタイム検索をしたり、はてなブックマークで世情をうかがう。
そこに目的はない。
それどころか余計な情報も目にするようになった気がする。

幸いにして他人に関心があまり持てない自閉症スペクトラムという性質からSNSにのめりこむこともないし、ブログは作っては放置し、生産性もない。
ただインターネット散策をしていると不必要な人が不必要に怒っている。

発信する際は傷つく人がいるかもしれない、と思って発信しなければならないという人もいる。そんなこと考えていたら何も動けなくなる。

むかしが~と言い出すと老害らしいが、情報が見えすぎるのも良し悪しだなと。

同世代の活躍といっても2000年くらいまではあくまでテレビのなかの話がほとんど。

mixiが出来て少し他人の生活が垣間見えたり、見栄を張ったり。

twitter・Xは東日本大震災の後くらいまでは善意にもとづく発信がされていたと思う。能登の地震ではインプレッション稼ぎと呼ばれるアカウントが目に余った。

Facebookは会社の人がつながりだしてから更新が止まった。

Youtubeはもちろん配信しようなんか思ったこともないが、子育てではお世話になったかな。それでも2010年代前半は、やりたいことを突き詰めた人が結果的に収益を得ていたと思う。収益を目的に配信をはじめようとするあたりからなんかついていけない。

ありふれた話になるが、承認欲求というやつが必要以上に得やすくなったのか。

リアルな関係でしか得られなかったものが、ネットを通じて得られるようになった。

ん~見えない問題とか隠されていたことが表に出て良い変化もあったし、隠れて楽しんでいたものが違う世界の人間に見つけられ、ポリコレ棒をかざされ、楽しめなくなるようにもなった。

孫の顔が見れるか分からないけど、生きやすい環境であってほしい。


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