すみれマンションへようこそ。第三章【ハルとアキ】

朝目覚めて、食事を終えて、歯を磨いて、顔を洗って。

幽霊になっても前と変わらずおんなじように生きている。

前と違うのはただ周りから姿が見えていないだけだ。

アキの部屋に行ってまたベッドでゴロゴロしてしまった。休みの日はいつもこんなだった。朝起きてご飯食べてまた寝て。ただ今までと大きく違うのは…

『ハル、食べて寝たら太るよ。』

『はい。』

いつも隣りに〝美しき野獣〟がいることだ。

私は日に日にこの美しき野獣の扱いにも慣れてきたようだ。

『そうだ、ハル。』

『どうしたの?』

『デートしようか?』

『へ?』

やはりこの美しき野獣はとんでもなく私を弄ぶ。

野獣はクローゼットの中から何か取り出した。

『はい。ハルにプレゼント』

『え?!』

『着て着て!!!』

『ちょっと待って!!』

よくわからないまま着せ替え人形のように着せ替えさせられた。

『可愛い。ハル、すっごく可愛い。』

『本当に??』

幽霊になってから自分の姿を鏡でちゃんと見ることが出来なくなってしまった。でもアキが可愛いと褒めてくれるならそれでいいか。

『ねぇ、ここに座って。』

『うん。』

言われるままにベッドに座らさせられた。
アキは私の髪の毛を触り出した。

『髪の毛も可愛くしてあげる。』

優しい手つきで器用に綺麗に編み込みをしてくれた。

『せっかくのデートなんだからハルを誰よりも可愛くしてあげなきゃ。』

まるで彼氏の台詞だ。ソラにもおんなじこと言われたな。誰よりも可愛く居てほしいって。それって男のくだらないエゴイズムにすぎないって思った。でもアキは純粋に私を可愛くしたくて仕方が無いんだね。

『できた!ハル、可愛い!!』

アキは私をムギュッと後ろから抱きしめる

『もう〜アキ!!苦しいよ!!』

まるで大きい犬が戯れてくるように飛びついてくる。

『じゃぁ、ここからコッソリ2人で逃げ出そうか。』

アキが耳元で悪戯っ子のように囁いた。

私はなんだか恥ずかしくなって顔を赤らめて微笑みながら

『うん。いいよ。』 

と答えた。

2人でみんなにバレないようにコソコソと階段を降りて玄関を飛び出した。いつだったかな…小さい頃に親に隠れて塾をサボって友達と逃げ出したことがあったな。まるであのときに戻ったような。〝ちょっと悪いことをしているドキドキ感〟を感じた。何も考えずにただただ走った。アキに導かれ連れられるままに。 日に日にアキが知らない顔を見せてくれるのが嬉しかった。私にしか見せない子供のようにピュアな可愛い笑顔を見る度に私の心は満たされた。おかしいな…彼女に恋しちゃってるのかな。

『着いた。』

『ここ?』

『うん。』

『動物園?』

『そう。』

辿り着いたのは動物園だった。いつぶりに来ただろう…確か…小学生の時に来たことがあるような…無いような…。でも私は動物園が好きだ。 

〝オリの中の美しく神秘的な生き物〟を観るのが好きだ。

アキは子供のように嬉しそうな顔をして中に入っていった。

『アキは動物園が好きなの?』

『ううん。動物園に来たことが無いの。だから来てみたかったの。』

『ここはパンダが居るんだよ。』

『え!?パンダ!?』

アキの瞳がキラキラ輝いてる。この人が食べ物以外にもこんなに目をキラキラさせるなんて思いもしなかった。その反応が可愛かった。

『あっちあっち!人が凄いんだよ。見れるかなぁ。』

アキの手を引っ張ってパンダのほうへ行ってみた。

パンダの場所だけはあまりにも人の数が凄かった。やはり人気者な動物だ。並ばないと近くでは見れないだろうか。

アキは遠くからパンダを見つめる。

『アキ、もっと近くで見ようよ。おいで。』

それでもアキは動こうとしなかった。

『あんなに近くでみんなからずっと見られてたらパンダは可哀想だね…こんなに世界は広いのにあんな小さなオリの中から出れないなんて…パンダもいつか私みたいに自由になれるのかな。』

アキはパンダの姿に自分を重ねてしまったのだろうか。ここにいる美しき野獣はもしかしたらかつて〝オリの中に閉ざされた美しくて神秘的な生き物〟だったのかもしれない。

『箱の中にいるってことは〝守られてる〟ってことだよ。パンダはここにいることできっと幸せなんだよ。』

アキはそれでも寂しそうにパンダを見つめていた。彼女の心には誰も入れない底知れぬ深い闇があり、時折誰も近寄れないような世界にたった1人で立っていることがある。

そういうときは、黙って彼女の手を握ってあげるの。そうすると、彼女は安心したように微笑む。

アキの手をソッと握りしめた。

『ねぇ、アキ、あっちにふれあい広場があるよ。行ってみようよ。』

アキの手を引っ張って走った。

ふれあい広場には羊やヤギや兎やいろんな動物が点在している。

アキが扉を開けて柵の中に入っていった。

『ねぇハル、動物には私たちがみえるのかなぁ…』

気付いたらアキのところには動物の森ができていた。さすがのアキもヤギの急接近は怖かったらしい。逃げ回っていた。そんなアキを見て私は柵の外から笑っていた。

すると横からカップルが柵の中に入ってきた。

『ソラくん!動物にあげる餌を買ってきてもらえない?!』

『わかった!ちょっと待ってて!』

ソラくんの顔を見た。

私の彼氏だった。

彼女の顔を見た。

私の同僚だった。

『ハル、お待たせ。ハルは中に入らなくていいの?』

『う、うん。大丈夫。私、ヤギ怖いから。』

『そっか。次どこいく?』

『どこ行こうか〜』

私は変な冷や汗が出てきてしまった…。何故今このタイミングでこの2人と遭遇してしまったのだろうか…

『大丈夫?顔色悪いよ。』

『うん…何でもない!』

ベンチで休んだ。座ったら少し気分が落ち着いた。こんなに広い世界で遊びに行くところなんて沢山あるのに何故こんな小さな動物園で出会したのだろう…神様は皮肉だな。

『はい、お茶。ごめん、何もあげれなくて。』

『ううん。ありがとう。十分だよ。』

『どう?調子は良くなった?』

『うん。大丈夫。』

『無理矢理連れてきちゃってごめん。』

『そんなことないよ。こちらこそごめんね。』

遠くから笑い声が聞こえてきてこっちに近づいてくる。またあの2人だ。どうしよう。2人は隣りのベンチに座った。もう逃げられない。私は下を向いてしまった。アキはなんとなく察したのかスッと向こう側に座って彼らが見えないようにしてくれた。

『少し休憩しようか。』

『ええ。お弁当作ってきたんです。良かったら食べてください。お口に合うかわかりませんが。』

『ありがとう!!!手作り弁当なんて食べたことないから嬉しいよ!!!』

『嘘ばっかり。いつも食べてたんじゃないですか?』

『全然!!!作ってもらったことなんてないよ!!!おにぎりいただきます。』

ソラはおにぎりを食べながら…急に泣き出した。

『…本当は怖いんだ…このままハルが目覚めなかったらどうしようってずっと…だから…ハルはもう居ないって思ってるほうが…気が楽なんだ…ごめんね、君にこんなことを言ってしまって。』

『…いいんですよ…それでソラさんが楽になるなら…私も…』

彼女も泣き出した。

『…いただきます。』

彼は涙を堪えながら〝おかかのおにぎり〟を食べた。

私が原因でこうなってしまったのに…
この2人は何も悪くない…悪いのは私ただ1人。
なのに…この2人が共に私を想い合って寄り添って悲しみを共有していることがあまりに悲しくて…現実を受け入れることが辛かった。
本当は今日…私にプロポーズしてくれる予定だったのかな。今日は私の25歳のお誕生日だってこと覚えてくれてたのかな。
ソラ…ごめんなさい。

『ハル、帰ろうか。』

『うん。』

アキは帰り道ずっと私の手を繋いで離さなかった。








すみれマンションにたどり着いた。今朝何も言わずに家を出てきてしまったんだ。きっとみんな怒っているんだろうな。少しの覚悟をした。アキはこっちを見てニコッと笑った。その笑顔を見たら私も少しだけ笑えた。恐る恐る玄関を開けた。

パーンパーン!!!大きなクラッカーの音が鳴り響いた。何事が起こったのかと私は驚き慌てていると次の瞬間、

『ハッピーバースデー!!!!!』

ナツメさんとユキさんとルナさんが声を揃えて言った。

私はビックリした…何故みんな私の誕生日を知っているのだろう…とにかくお礼を言わなきゃと思ったそのとき、

『ありがとう。』

隣りいるアキがお礼を言った。

『今日はアッキーの生誕祭よ。というより降誕祭かしら?アッキーが〝ここに来た日〟なの。』

ユキさんはキラキラした三角の帽子まで被っている。

『私たちはみんな〝ここに来た日〟をお祝いの日にしてるのよ。』ナツメさんが説明してくれた。

『今日は2人で楽しんで来たかしら。お邪魔しちゃいけないと思って3人でパーティーの準備してたのよ。』ユキさんはコソコソ私に言ってきた。

『はい。最高な1日でした。』

ちょっぴり嘘をついてしまった。でも最高な1日であったことに変わりはない。
私は嬉しい気持ちと勘違いした自分がなんだか面白くなって笑ってしまった。

『今日はアッキーの大好きな唐揚げがたくさんあるわよ。あとケーキもあるから。それからシャンパン開けなきゃね。お酒飲む人!!!』

私はまた小さく手をあげた。

『ハルちゃんもっと大きく手をあげていいのよ。』

『はいっ!!!』

ユキさんがお酒をたくさんついでくれた。

お酒をたくさん飲んだらきっと、悲しいことも辛いこともみんなどこかに置き去りにできるに違いない。

みんな忘れてしまえばいいのに。。。

ユキさんにお酒を注がれるままに飲んで、飲んで飲んでお酒に飲まれて気づいたらユキさんと2人で酔い潰れていた。

それでも私は最高に気持ち良くて〝楽しかった〟







ハルがユキさんと2人で楽しそうに飲んでいるのを私は遠くから見ていた。ハルは傷だらけの心をみんなには全く見せない。本当はあんなに笑いながらも心のなかでは泣いているのだろう。彼女は毎晩夢のなかで何かに怯えながら泣いている。自分には何もしてあげれない。側にいることしかできない。それでもそんな彼女を守ってあげたいってずっと思っている。

『ねぇ、アキさんは、どうしてハルさんをひたすら見つめてるんですか?おんなじ女の子なのに。』

『おんなじ女の子だからかな。』

『じゃぁ私もおんなじ女の子です。』

『ルナは〝女の子〟でしょ?』

『でもアキさんとハルさんは全然おんなじじゃないです。むしろ真逆なところにいます。』

『そうだね。でも何故かな…おんなじ体温を感じるんだ。』

ルナは不貞腐れたような顔して部屋を出て行った。

目の前の2人はもう完全にお酒で潰れていた。これじゃ主役が誰だか全くわからない。でもみんなが楽しいならそれで良かった。

『ねぇ、アッキー!ハルちゃんつぶれて寝ちゃってるわよ。どうすんの?!』

潰れたユキさんが呂律が回らなくなりながら訴えてくる。

『2人共飲み過ぎるから…厄介だなぁ…ハル?起きて。』

ハルの頰をペシペシ叩くが全然起きない。

『アキー。ここにいてー。置いてかないでー。』

『ハル、二階行くよ。』

『やだ!ここにいよ!』

駄々こねて全然起きない。仕方無いからハルを抱っこして二階に連れて行った。

『やだ!!アッキー!!それエールの残照の天海祐希さんじゃない!!私もお姫様抱っこしてほしい!!』

ユキさんに懇願された。

『重量オーバーです。』

丁重にお断りした。

『アッキー!!!!!!!!』

『さぁさぁ私たちも寝る準備しますよユキさん。』

『はーい。』

ユキさんはヨロけながら渋々片付け始めた。

ユキさん、ありがとう。


ハルを二階に連れて行きベッドに寝かせた。とんでもなく酒臭い。

『アキー!!!今日はごめんなさい!!!
今日だけは許してくださいー!!!もうしません!!!』

大きな声で酔っ払いが喋ってる。

『わかったよ。もう寝なさい。』

『それから今日はお誕生日おめでとう!!!アキ!!!』

『ありがとう。』

『それから…』

『ん?』

『…あたしもお誕生日おめでとう。』

『…』

〝ハル、おめでとう。〟




ぅぅううう…頭がかち割れそうな程に痛い…
私は昨日どれほどまでにお酒を飲んだのだろうか…

『おはよ。大丈夫?水飲みな。』

『ありがとう…』

アキが呆れた顔をしてこっちを見ている。気付いたら綺麗なワンピースからいつもの変テコジャージ姿に着替えている。まるで魔法が解けたシンデレラだ。しかし生憎目の前に王子様がいることだけは救いだ。いや、私は本物の王子様を逃したんだっけ?
とにかく今は考えることはやめよう…

『ハル、あのワンピースは、ハルへのお誕生日プレゼントだから。』

『え?!でも昨日はアキのお誕生日でしょ?!』

アキはニヤッと笑った。

『アキの大切なお洋服…あんな素敵なお洋服…貰えないよ…』

『大切だからハルに着て欲しいの。私ね、絶対に可愛いワンピースなんて着ないの。ハルみたいに可愛い洋服が似合わないから。でもね、一年に一回だけある〝ピアノのコンクール〟だけは着なきゃいけなくて、その時だけは綺麗なワンピースを着るって決めてた。あのワンピースは私がコンクールで1位になった時のワンピース。私の思い出のワンピース。だからハルに着て欲しい。それだけ。』

アキ…ありがとう…。

アキが居なかったら昨日はただの3月5日だった。

プロポーズもされることもなく。

アキは私の本当の王子様なのかな…

私は嬉しくてアキに抱きついた。

ねぇ、アキ、私、これからもずっと〝あなたの隣りに居たい〟

アキも私を仕方ないなぁって顔しながら優しくギュッと抱きしめてくれた。







閣下は約束通りに私に〝便箋〟をくれた。

『閣下!ありがとう!』

『いえいえ。〝君の大切な人〟に想いが届きますように。』

閣下はそう言うとニコッと微笑んだ。

大切な人に…。

私は便箋を持って武庫川の河川敷に行った。

1人で静かに自分の気持ちを手紙に書き連ねたかったから。

川の流れる音を聴くと心が落ち着き素直な気持ちになれる気がした。

何故かな…大切な人に書きたいことがたくさんあるはずなのに一言も書けずに私はいる。それに私から手紙が来たら彼はビックリしてしまうだろう。大人しく見守る方が彼のためなのかな。〝寂しさを紛らわす相手〟が居ることは良いことだ。私も今あの家で寂しさを感じることなく居れる。私は何故こんなに冷静で居られるのだろう。彼のことが大好きで〝大切〟だったはずなのに…違う女性と一緒になったほうが幸せなんじゃないかとすら思い始めた。そう思えるのは…いつも私の隣りに〝アキ〟が居てくれたから。いつしか大切な人が彼からアキに変わってしまったことを認めるのが怖かった。

でもずっとこうしているわけにはいかない。きっと私がこうして浮遊しているには何か意味があるのかもしれない。このまま逃げ続けていて良いのだろうか…現実とちゃんと向き合わなければいけない。

『ハル、珍しいね。1人でこんなところに居るなんて。』

アキがイチゾーを連れていつものようにやってきた。

『うん。たまには1人になろうかなぁと思って。』

『そっか。もう1人になるのは怖くないの?』

『うん。怖くない。でも夜はアキが隣りに居ないと眠れないかもしれない。』

アキが珍しく顔も耳も真っ赤にしてあっちを向いてしまった。たまには困らせてやらないと。

『私、ちょっと1人で出かけてくるね。』

『1人で大丈夫?』

『うん。大丈夫。ありがとう。』

少しの勇気を持って、少しだけ1人で歩き出してみることにした。ちょっぴり怖いけれど。でも大丈夫。私ならきっと。

アキはずっと私の方を見ていた。でも私は振り返らなかった。

もっとちゃんとアキの姿をこの目に焼き付けておけば良かった。



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やり方よくわかりませんが、文章や歌や写真や自由にいろいろ載せていきたいと思います。よろしくお願いします。
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