すみれマンションへようこそ。第二章【すみれマンション】

宝塚大橋を越えて川沿いを歩き坂を上がっていくと一件の大きなお屋敷にたどり着いた。そこだけ世界が違う場所に建っているようにも見える。大きな門を開けると大きな庭があり美しい花々があちらこちらに咲き乱れている。

『さぁ、おうちのなかへお入りください。ようこそすみれマンションへ。』

ナツメさんを先頭にみんながゾロゾロ玄関に並ぶ。

扉が開くとまるで舞台のセットのような螺旋階段が目の前に飛び込んできた。美しい画がいくつも飾ってあり、所狭しと花や植物が飾られている。古い家なのにどこまでも掃除が行き届いていて埃一つ無いような玄関だ。とても素敵なお宅だった。

ユキさんからゴテゴテにレースやらスパンやらで、デコレーションされたちょっぴり悪趣味なスリッパを手渡された。ユキさんはなかなか得意気な表情で『見て!楽屋のスリッパみたいでしょ?コレ、ハルちゃん専用に貸してあげる。』そう言ってスキップし始めた。
ユキさんを見たらこのスリッパを履かないわけにはいかなくなった。

広いリビングに通された。リビングもビックリするほどに綺麗だった。アンティークなダイニングテーブルには椅子が8個も並んでいる。本革のグリーンの大きな英国調なソファーはこれもまるで舞台のセットのよう。その前に大画面のテレビがあった。

『今日のタカラヅカニュースちゃんと取れてるかしら?!』

心配そうに録画を確認するユキさん。

ナツメさんは早速キッチンに立ち、夕飯の支度をし始める。ユキさんもエプロンを仕出した。ユキさんの見た目には全くもって似合わないゴテゴテのラブリーなエプロンだ。この見た目と中身とのチグハグさがなんだか可愛らしいと思えてきてしまう。

『あの…私も何かお手伝いしましょうか?!』
申し訳ないので私は2人に聞いてみた。

『大丈夫よ。今日は私とユキさんがやりますから、ハルちゃんはゆっくりスカイステージでもみていてください。』

『ではお言葉にあまえて…』

テレビを見ようとスイッチを押したら横からニャーッと声がした。

『ねこ!』驚いた私は思わず叫んでしまった

『あ!イチゾーのご飯あげなきゃね。ハルちゃんねこは大丈夫?アレルギーはある?』

『いえ、大丈夫です!動物は大好きです!』

『この子、イチゾー。小林一三先生から名前をもらったのよ。仲良くしてあげて。』

『はい。』

いかにもユキさんらしいネーミングセンスだ。

『ハルちゃんは嫌いなものある?』ナツメさんは優しく聞いてくださる。

『いえ!とくにありません。』

『良かった。じゃあお野菜たくさんいれましょうか。』

テーブルにはどんどんご飯が並んでいく。ナツメさんらしい暖かくて美味しそうな和食が並ぶ。

お風呂上がりで髪がビショビショなあの人がやってきた。私を見てニヤッとした。見れば見るほどに美しいが見れば見るほどに憎たらしい。

『わぁ。美味しそうですね。』

『アッキーはお肉とご飯しか食べないのよ。』

ユキさんは口をとんがらせて報告する。

『はいはい皆様食事にしましょ。お酒飲む人はいますか?』

ナツメさんはワイングラスを用意しながらみんなに聞き回る。

私は小さく手を上げた

『あら!!!ハルちゃんお酒いけるのね。このスパークリングワイン美味しいのよ。さっ、飲んで飲んで。』

ユキさんがワインをついでくれた。

『じゃあ今日は飲もうかな。せっかく〝ハル〟が来てくれたんだし。』

こちらを見てヤツがまたニコッと笑った。

私はちょっぴりツンとした顔をしてしまった。

『アッキーは少しだけね。ハルちゃんはたくさん飲んでいいのよ。あ、私もね。』

『私はほどほどにしてくださいね。』

『もう〜!!!ナツメさんたら!!!』

ユキさんはお酒が大好きなようだ。

『ユキさん、私がワインおつぎしますよ。』

私はユキさんが抱えてるボトルを手に取った。

『あら、ありがとう。ハルちゃん』

『では皆さんでご飯を頂きましょう。』

ナツメさんの号令がかかりみんなでお食事のご挨拶。

『いただきます!!!』

『ナツメさんの魚の煮付けは本当に絶品なのよ。食べて食べて。アッキーもお肉ばかりじゃなくてちゃんと魚を食べなさいね。』

ユキさんはまるであの人のお母さんみたいだ。ナツメさんの手料理はとても家庭的で温かて優しい味で涙が出そうになってきた。

『あの…食べものはどのように調達されるんですか?その…私たちは目に見えないではないですか…』とつい素朴な疑問を漏らしてしまった。

『それはね…トート閣下がお出ましになるのよ。ね、ナツメさん。』

『ええ。そうなの。』

すると横であの人がまたクスクス笑ってる。

『もぅ〜!!!みんなで私をからかわないでください!!!本当のこと教えてください!!!』

私は気になってムキになってしまった。

『あら、ほんとよ。ハルちゃんも欲しいものがあればあのノートに書いておいてね。トート閣下が呼んでくれれば〜来てあげる〜って来てくれるから。』

ユキさんが朗々と歌いあげる。

『あのデスノートに書けばなんでも願い叶うから。』あの人がボソッと呟く。

『トート閣下は…サンタクロースかなんかですか?』

みんなが笑い出した。

『そんなもんよ。それよりハルちゃん今日はどうするの?おうちに帰るの?』

ユキさんが聞いてきた。

私は黙り込んでしまった。

突然私は普通の人間から普通ではない人間になってしまった。この状況をまだしっかり自分でも理解していない。いや、理解することが怖かった。だから自分が1人になることが怖かった。

『ここに居なよ。』

『え?』

あの人がご飯を頬張りながら素っ気無く呟いた。

『あ、そうね。アッキーの部屋広いから暫くハルちゃんアッキーの部屋に寝泊まりしたらいいじゃない。』

『えー!?どういうことですか?!』

ユキさんの突然の提案に私は顔面蒼白になる。

『あらやだ。大丈夫よハルちゃん。アッキーはオンナだから。たぶん。』

みんなが大爆笑している。私は顔が真っ赤になってしまう。

『そ!そんなことは!わかってますが!!!でも…』

動揺が隠しきれず呂律が回らなくなってしまっている。

『ハル可愛いから手出しちゃうかもね。』

ほろ酔いのあの人はメスなのにオスみたいな顔をしてこちらを見てくる。

『みなさんでからかわないでくださいー!!!』

私の憤りとやり場のない気持ちを他所に三人は私を弄んで大笑いして楽しんでいる。

それでも今の私には〝笑ってくれる〟それすらも救いであり私を癒してくれるモノだった。

食事を終えてお風呂まで借りた。温かい。幽霊になってもちゃんと体温があるなんて不思議だ。1人になって目を瞑るといろんなことが走馬灯のように思い出された。普通の家庭に生まれ、普通に学校に行き、普通に仕事をして。私の人生は〝普通のなんでもない人間〟で終わってしまったのかと思ったら妙に自分がちっぽけに思えて寂しくなった。自分がこの世から1人去ったところで世界は何も変わらず動くと思ったら死んだことなんてなんでもないことのように思えてきた。

『ハルちゃん!パジャマここに置いておくから使ってね!』

『ありがとうございます!』

ユキさんが自分の大きなジャージを貸してくれた。ジャージには〝TAKARAZUKA〟とこれまた激しい刺繍が施されていた。ジャージを着てみた。ジャージを着た自分を見て吹き出した。

〝あ、今、私、笑った〟

笑うなんて毎日当たり前のことだったのに。そんな些細なことが出来た自分が少し嬉しかった。

さぁ、いよいよヤツの部屋に行かねばならない。このヘンテコなジャージを着て。あの雄なのか雌なのか全くわからない〝美しき野獣〟の部屋へ…。

お部屋の扉をノックした。

『どうぞ。』ヤツの声がした。

そーっと扉を開けた。

中に入るとなんとも殺風景な部屋。物が全然無い。真ん中に大きなベッドが一つあるくらいだ。

ヤツは本を読みながらベッドに横たわっていた。

『テキトーに休んで。』

全然こちらを見もしない。逆に拍子抜けしてしまった。そーっとベッドに脚を入れる。

『失礼します…』

『ジャージ、よく似合ってるよ。』

『はい?!』

いきなりこっちを見てきた。目が合った瞬間あまりの美しさに吸い込まれそうになった。

するとヤツは身体を折り畳んで大笑いし始めた。

『ちょ!ちょっと失礼じゃない!!!人を見て笑うなんて!!!何がそんなにおかしいのよ!!!』

『だって…』

ヤツは私のジャージ姿を全身舐め回すように見つめる。

『このジャージはユキさんが私のために貸してくれたんです!!!あなたに笑われる筋合いありません!!!おやすみなさい!!!』

私はまた怒ってしまった。こんなに気が短い人間ではないはずなのにこの人にはすぐにヤケになってしまう。

『ねぇ、ハル?』

『私はもう寝ました!!!』

『ハル!!!』

『ね!ま!し!た!』

すると急に後ろから長く美しい白い腕が私の身体をギュッと包み込んできた。あまりの驚きに私は声も出なくなってしまった。

『ハル、仲良くしようね。』

彼女が耳元で囁いた。あまりに優しく…私の耳に吐息を吹きかけた。

『おやすみ』

そう言うと彼女はスッと眠ってしまった。

この人はどんな風に命を落としたのだろう。私と同じように突然この世から居なくなってしまったのだろうか?それとも命が消えることを分かりながら少しずつ蝋燭の炎が消えゆくのを待っていたのだろうか…美しい彼女の寝顔はまるで子供のように〝何も知らない〟顔をしていた。

『困った人だね…おやすみなさい、アキ。』

初めて彼女の名前を呼んでみた。







鳥のさえずりと共に私は目覚めた。気持ちが良い目覚めだった。こんなに目覚めの良い朝はいつぶりだろう。横には彼女がすやすやと眠っている。なんて美しい寝顔なんだろう。あまりに美しい寝顔でまるで絵画の世界の人なのか彫刻の美術品のような姿だ。本当にこの人は生きているのだろうか?

いや、生きていないんだった。そうだった。ここは幽霊マンションだった。

私も既に死んでいるんだった…。昨日のことは…やはり夢では無かったのだ…。

自分のジャージ姿を見た。どうみても滑稽な姿だ。またその姿を見てクスクスと笑ってしまった。

下から美味しそうな匂いが立ち昇ってきた。パンの焼ける香りとコーヒーの香りかな。お腹が空いてきた。

『…ル』

微かな声が横から聞こえた。

『おはよ…ハル…』

『おはよ…』

『ジャージ、かわいいよ。おやすみ、ハル。』

『おやすみなさい…』

彼女はまたすやすやと眠ってしまった。天使のような寝顔を見たら…いろんなことがどうでもよくなってきた。何故こんなにこの人は私の気持ちを振り乱すのだろう…。

螺旋階段を降りてリビングに行くと朝からハイパー元気にノバボサノバを歌いながら踊っているユキさんが居た。

『ハルちゃんおはよー!!!ビバビバッビバビバッ!!!』

『おはようございます。ユキさん朝から激しい運動なさるんですね…』

『これが私の朝活だから。ハルちゃんもどう?レッツダンシングやらない?!』そう言うとリビングで物凄い不格好にユキさんが飛び回っている。

『おはよう。ハルちゃん。ちゃんと眠れたかしら?』

『ナツメさんおはようございます。お陰様でぐっすり眠れました。』

『それは良かったわ。さぁ、パンとコーヒーを召し上がってください。』

『アキさんは起こさなくていいんですか?』

『あの子は昼くらいまで寝てるから大丈夫よ。そのままにしておいて。そのうち起きてくるでしょ。』

ナツメさんの入れてくださったコーヒーが美味しくてまたボーッとしてしまった。

『そうそう、ハルちゃん、ナツメさんと一緒に夙川にお花見に行こうってお話してたところなの。ハルちゃんもどう?!夙川はとっても桜が綺麗よ』

『わぁ〜!!私も一緒に行っていいんですか?』

『勿論ですよ。じゃあ朝ごはんが済んだらみんなでお弁当作りましょうか。おにぎりをにぎりましょうね。ユキさんも早くご飯食べてくださいね。』

『はい!!!あ!そうだ!ハルちゃんに洋服貸してあげなきゃ。何かあったかしら?』

ユキさんはアタフタして洋服を探しに行こうとした。

『あ!あの!ユキさん!!洋服は大丈夫です!昨日着た服で大丈夫なので!』

ユキさんのジャージから考えてもユキさんの私服は少し危険な香りがした。

『あら!でも汚れてるじゃない。私洋服ならたくさんあるから任せて!』

『あの〜!本当に大丈夫ですユキさん…』

『ハルちゃんにはあなたの洋服じゃ大きすぎるんじゃないかしら。私ね、ハルちゃんに着せたいお洋服があるの。どう?着てみない?』突然ナツメさんが提案してきた。

『…は、はい…』

食事が済むとナツメさんに二階の奥の部屋に連れて行かれた。奥へ奥へ行くと何やら鍵付きの扉があった。

『ここはね、秘密の部屋なのよ。みんなには内緒よ。』

そう言うと、鍵をあけて秘密の扉をそっと開けた。

中に入っていくとそこには色とりどりの洋服がぎっしりと並んでいた。とびきりにレトロで可愛くて色鮮やかで女の子の夢の世界に迷い込んでしまったようだった。

『私はね。生前、デザイナーのお仕事をしていたのよ。お洋服が大好きでね。自分の着たい洋服を自分で作りたかったの。ここにあるものはみんな私が作ったものよ。私の財産とでも言えるかしら。』

圧倒されてしまった。ナツメさんの人生の全てがここにあると思うと…

『…とても素敵です…どれもこれも可愛いお洋服ばかり…こんなモノが生み出せるなんてナツメさん素晴らしいデザイナーさんだったんですね…。』

『大したこと無いのよ。自分が好きなことしか興味の無い人間だから自分が好きなことしかしてこなかったの。だから私にとってはこんなちっぽけな部屋におさまっちゃうコレだけが全てなのよ。』

そう言うと顔を赤らめてでも少し誇らしげな表情をされた。

『十分じゃないですか。あの、私、このお洋服が着てみたいのですが…お借りしてもいいですか?』

『あら、お目が高いわね。勿論よ。コレは私が夫と初めてのデートに着て行ったワンピースなのよ。』

『ほんとですか!?』

ユキさんのジャージを脱いで、ナツメさんのお花がたくさんちりばめられたグリーンの綺麗なワンピースに着替えた。

何故だかわからないけれど袖を通したら不思議とナツメさんの若い頃になった気分だった。

どんな気持ちでナツメさんは旦那様と初デートに行ったんだろう?旦那様とどこに行ったんだろう。お洋服を着てこんなにワクワクドキドキするのは初めてだ。

私は嬉しくてクルクル回りながら子供のように飛び跳ねてしまった。

ナツメさんはそんな私を見て微笑んでいる。

『あ!いけない!ユキさんのジャージ!』

慌てて無碍に扱ってしまったジャージを畳んだ。

しかし私はすでにこのジャージにもユキさんを感じて愛着が湧いていた。

『コレはまた今晩お借りします。』

私は大事にギュッと握りしめていた。 

『ハルちゃんのジャージ姿も私は大好きよ。』

ナツメさんは優しく褒めてくださった。

上機嫌で下に降りていくとバカンスにでも行くようなハイビスカスのシャツを着たユキさんがおにぎりを握っていた。

『あら!ハルちゃん!何?!可愛いじゃない!!え?!ナツメさんの洋服!?素敵!!』

『ありがとうございます…似合ってるかどうかは分かりませんが…とっても可愛くて…気に入っちゃいました。』

『とてもお似合いよ!!ハルちゃんにピッタリ!!すごいですねナツメさん。今度私もお借りしようかしら。』

『あら、あなたじゃ大きすぎて着れないわよ。』

『ですよね。やっぱり女の子は小さく生まれるほうが得するのかしらね。』

後ろからノソノソと彼女が階段から降りてきた。

『…おはよー』

『私たち今からお花見に行くけどアッキーはどうする?行く?行かない?』

『行かない。』

『アッキーの分もおにぎり作っておくからテキトーに食べておいてね。イチゾーの面倒も宜しくね。』

『はーい…』

アキがチラッとこちらを見てニヤッと笑った。

『かわいいじゃん。』

顔も耳も真っ赤になってる自分に気付き恥ずかしくなり照れを隠そうとすればするほど空回りしそうになる。

『あ…ありがとう…』

笑顔がおかしいほど引きつっている。

彼女はお留守番で3人で夙川に行くこととなった。とても良いお天気だ。幽霊二日目なのに、すでに私はここの幽霊ファミリーにすっかり馴染んでしまった。

何故だろう。昨日の私が嘘のように、今は死んだことを少しも後悔していない。







夙川にたどり着いた。桜が満開だ。こちらに降り注ぐように花が咲き乱れている。

本当は今日私もここでお花見をする予定だった。

『すごく綺麗ー!!!あーあーあーあー桜ー!!!』

ユキさんは周りから見えない聞こえないことをいいことに安蘭けいさんの〝怪しいまでに美しいお前〟を大声で歌って踊り出した。

『こんな自然界の美しい舞台って贅沢ですよね。ね、ナツメさん。』

『そうね。でもそろそろお昼にしましょう。桜を見ながら美味しいおにぎりを食べに来たんだから。』

『そうでしたね。テヘッ』

私はナツメさんとユキさんの親子のような、姉妹なような、お笑いコンビのようなよくわからない不思議な関係性を見ているのが大好きだ。

『ハルちゃんは何が食べたい?梅、おかか、しゃけ。好きなものを選んでね。』

ナツメさんが器を広げて見せてくれた。

『じゃあ…おかかを頂きます!!!』

『おかかを選ぶなんてハルちゃん珍しいわね。』

と口におむすびを詰め込んで苦しそうにユキさんが言ってきた。

『私、小さいころから〝おかかごはん〟が大好きだったんです。』

おにぎりがこんなに美味しいなんて初めて感じた。そうだ。このワンピースを着た時のドキドキした感情も初めてだった。もしかしたら私は生きてる間に感じれなかった感情がたくさんあったのかもしれない。今、幽霊になってからも尚、新しい発見がたくさんある。

『すみません、ちょっと私、お手洗いに行ってきますね。』

私はお手洗いを探しに行った。少し歩いたところにポツンとあった。ラッキーにも誰も居なかった。お手洗いを済ませて2人の元へ帰ろうとした時にお花見をしている団体がいた。よく見たらそのなかに〝彼〟が居た。

『お前の彼女、交通事故に遭ってまだ意識が戻らないんだって?◯◯病院に搬送されたって聞いたけど…打ち所が悪かったのかな…』

『ああ…』

『まぁまぁ飲んで忘れようぜ!!!』

彼はずっと俯いたままだった。優しい自慢の彼だった。誰よりも私のことを好きでいてくれた。きっと今日も本当はこんなところに来てお花見なんてしたくなかっただろうに…。もうすぐ私は誕生日を迎える。私はどこかで…期待していた…。

彼がプロポーズをしてくれるんじゃないかって。

ごめんなさい…。

私は2人の元に戻った。

『ハルちゃんどうしたの?!顔色悪いわよ?!何かあった?!』

私は無言で首を振った。

『食後のデザートはいかが?昨晩ユキさんと2人で夜中に密かにクッキーを焼いたのよ。』

箱にクッキーがたくさん入ってバターの香りがプーンとしてきた。

『おやつには〝元気になる魔法〟が込められてるのよ。だからたくさん食べたらいいのよ。』

『私も元気がほしいから沢山頂いちゃおうかしら!!!』

『ユキさん貴方の元気はもう十分です。』

『もぅ〜ナツメさん!』

頂いたクッキーが美味しくて…泣きそうになるのを堪えながらたくさん食べてしまった。

夕方になり三人で並んでたわいも無いことで大笑いしながら歩いて帰った。〝笑う〟って悲しいときに必要な魔法なんだ。私はたくさん笑って笑って笑って笑いまくった。

『ただいま〜!!!』

玄関に綺麗な女性の靴が置いてある

『あら?お客様?誰かしら。』

するとリビングから綺麗な女性が現れた

『初めまして。ルナと申します。』

三人でポカンとしていると、奥からアキがイチゾーと現れる。

『勝手にごめん…あのー…川で拾ってきた…』

すまなそうな顔をしているアキを見ると

なんだか嫌な予感がしてきたのは私だけではなかった。







みんなが居なくなった。静まり返ったこのうちが好きだ。イチゾーと2人の時間が好きだ。イチゾーを連れてゆっくり武庫川を歩くのが好きだ。今日もイチゾーを連れて川を歩いた。

昨日突然現れたハルという女の子が…自分でもわからないけれど…自分を変えてくれるような…そんな気がして…

神様は今更プレゼントしてくれたのかな…

河川敷を歩いていたら、1人の美しい少女が目の前に現れた。なんだか怯えるように驚いた顔をして私の顔を見ている。私が見えているの?

『どうしました?』

『い、いえ…知っている方に…ソックリだったので…』

彼女は私から目を逸らした。彼女は影がハッキリしている。閣下と同じで純粋に〝目に見えぬ物が見える人〟なんだろう。

『あなたの猫ちゃんですか?』

『まぁ…そんなもんです。』 

『可愛い…おいで。』

するとイチゾーは彼女の白い腕に爪を立てて引っ掻いた。

『きゃぁ!!!』

彼女は自分の鞄のなかからハンカチを出して慌てて腕をおさえた。

私は謝ることしか出来ず…

『ごめん…手当てしてあげるからうちにおいで。』

そう言って、彼女を〝すみれマンション〟に連れてきてしまった。

家に着くなり救急箱を探した。幽霊は怪我をすることも無いけれどこのうちには不思議なくらいなんでも置いてある。

彼女の細くて綺麗な腕の血を洗い流し脱ぐって救急箱の中にある物で処置した。

『優しいんですね。』

彼女がそっと呟いた。

『私のせいだから。』

『こんな切り傷で貴方に手当てして頂けるなら私、もっとズタズタに切り裂かれても構いません…なんちゃって。ふふ。』

美しい顔に小悪魔のような微笑みを見せる。

『ただいまー!!!!!!』

なんてタイミングだ…みんなが帰ってきてしまった…なんと説明をしたら良いのやら…。







アキはルナさんの経緯を全て話した。ユキさんは神妙な顔をしながらルナさんに近づき

『まぁ…そういうことだったんですか…うちのイチゾーが…ルナさんごめんなさいね…どう責任取って良いのやら…』

『あの…傷は大丈夫です…ただ…私…今行き場が無くて…少しだけこちらでお世話になっても宜しいでしょうか?私ができることは何でもします。』申し訳無さそうにルナさんは言う。

するとユキさんはあっさり

『勿論ですよルナさん。と言っても物置部屋しかなくて…そちらの部屋を片付けるのでそちらで良ければ…』

『どこでも構いません。ありがとうございます。助かります。』

こうやってまた幽霊仲間が増えた。なんだろう…この心のザワつきは。

ナツメさんからお借りした素敵なワンピースを脱ぎお風呂に入ってまたあのユキさんの変テコなジャージに着替えた。

アキの部屋に行こうとしたら前からルナさんが現れた。

『お風呂、お先でした。』

『素敵なジャージですね。』

皮肉な響きだった。

『ありがとうございます。これ、ユキさんのジャージです。面白いでしょ?』

ルナさんが微笑んだ。美しい方だ。

『そうなんですね。私も着替えが無くて…そしたらアキさんが貸してくださいました。では失礼します。』

なんだか少し言葉に棘を感じたが、あまり気にしないでおこうと思った。

アキの部屋の扉をノックして開けた

『やっぱりハルはそのジャージのほうが似合うよ。うん…私こっちのほうが好き…』

そう言いながら笑った。

『コラッ!!!』

子供を叱るようにアキを叱った。

『楽しかった花見は?桜綺麗だったでしょ。』

『綺麗だった。桜見ながらおにぎりとクッキーが美味しすぎて…一緒に来れば良かったのに。』

『桜の花見ると寂しくなるから好きじゃない。満開の美しさが永遠なら良いけれど…』

なぜか桜の花とアキがまるで一体化したように感じてしまって震えてしまった。

『ごめんね、ルナのこと。』

『全然!!!』

すると突然アキの顔が私の顔に急接近して鼻と鼻がぶつかった。

『嫉妬した?』

私は顔が真っ赤になってしまった。

『ば!ばかぁ!!!』

私の顔を見てアキは笑ってる。

『ハルの怒った顔だいすき。』

どこまでも私の心を弄ぶこの悪戯っ子な〝美しき野獣〟に私は掌で転がされている。

『だって…私もユキさんとナツメさんに拾ってもらった身だし…ルナさんも私と一緒なんだよ…』

『あの人たちすぐに〝拾う〟から。ユキさんは車にひかれそうになった野良猫を庇ってこっちの世界に来た人だよ。』

『そうなんだ…ユキさんらしいな…』

悲しいことなのになんだか笑ってしまった。

『ねぇ、ハルには大切な人っている?』

『どうしたの?急に。』

『ううん。気になっただけ。』

『アキは?』

『え?』

『アキは?』

『今アキって呼んでくれた。ふふふ』

急に恥ずかしくなって反対側向いてしまった。

『変なのアキ!』

『ハルも変なの!』

大切な人か…。彼は大切な人だった。今でも。
でもどんなに思っても彼に私の姿は見えない。
勿論私の想いも届かない。
こうしている間にも彼は私のことを〝想い続けよう〟ではなく〝忘れよう〟としているかもしれない。やがて本当に私の存在は忘れられて…消えてしまうのかもしれない。大切に思えば思うほど…人は失った時にその苦しみから逃れるためにその大切な存在を消し去ろうとする。

急に寂しくなってしまった。この世から居なくなることに…大切な人に新しくまた大切な人が出来て、それが当たり前の世の中になり私の存在など忘れ去られてしまうことに…涙がこみ上げてきた…

シクシク泣いてたら

また昨日みたいに後ろから白く長く細い腕が私をぎゅっと包み込んだ。

『ハル、おやすみなさい』







鳥のさえずりで目が覚めた…朝日が眩しい…
ん…なんか…眩しい…

『おはよ。』

目をこするとアキがこっちを向いてニコッと微笑んだ

慌てて恥ずかしくて布団を被って顔を隠した。
こんな明るいところでスッピンの顔を晒すのは恥ずかしい。おまけに寝起きなのに相手の顔面偏差値が美しすぎて私の脳内で処理が追いつかない。

『先に起きて可愛い寝顔を見ようと思ったの。』

『駄目ー!!!見ちゃ駄目ー!!』

『なんでいいじゃんいいじゃん!!!もう見ちゃったよ』

『記憶から抹消して!!』

戯れあってるところにトントンとドアをノックすると音が聞こえた。

『失礼します…』ルナさんが入ってきた

『おはようございます。あの…朝ご飯が出来ましたので下へどうぞ…』

『わざわざ呼びに来てくださってありがとうございます…』

渋々2人で下に降りて行くとナツメさんとユキさんが2人で大人しくダイニングで待っていた。ナツメさんがキッチンに居ないことが不思議だ。ユキさんもあの激しいレッツダンシングな朝活をしていない。

『すみません、昨日はご迷惑をおかけしましたので私が朝ご飯を作らせていただきました。体に良いものを栄養面を考えてのメニューです。皆様のお口に合うかわかりませんがお召し上がりください。』

ルナさんがキッチンに立って洗い物をし始めた。

『幽霊に栄養なんて関係無いわよ!!朝はコーヒーとパンで十分だって言ってやって。というかナツメさんのキッチンに立つなんて100年早いわよ!誰よあのオンナ受け入れたの!!』とユキさんが小声で呟く。

そして全員でユキさんの顔をジッと睨みつける。

『やだ、私だったわね…。ちょっと待ってよ、元はといえばアッキーが!!!』

アキはやれやれな顔をしている。

『さ、みなさんでルナさんが作って下さったご飯を頂きましょう。手を合わせてください。』

ナツメさんの号令がかかる。

『いただきます!』

ご飯に味噌汁に焼き魚におひたしやらサラダやら何から手をつけて良いのかわからないほどに食べものが溢れている。

『おいしいですね。』
散々怒っていたのにユキさんが真顔で食べながら呟いた。

『とても丁寧に味付けされてるわね。私ずっと人が作るものを食べて来なかったからなんだか嬉しいわ。』

ナツメさんもなんだか嬉しそうに召し上がっている。

『うま!』アキも朝が弱くて朝ご飯食べれないはずなのにパクパク食べている。

ルナさん凄いなぁ…一体何者なんだろう…

『皆さんが美味しそうに食べてくださって私嬉しいです。これからも頑張って腕を震わせていただきます!』

ピンポーン。インターホンが鳴り響いた。

『あっ。閣下かしら?!』

ユキさんは走って玄関に行った。閣下?!ということはついに…トート閣下のお出ましか?!

私の頭のなかでは明日海りおさんのトート閣下が呼んでくれれば〜来てあげる〜と歌い出した。

すると1人の年配の男性がたくさんの物を持って現れた。

この人が閣下なのだろうか?!確かに白髪で髪が長い。更に全身黒い服を着ている。

『ハルちゃん、この人が我らの閣下様よ。こちらはハルちゃん。新入りさんよ。』

ユキさんが私のことも閣下様に紹介してくれた。

『はじめまして。トート閣下に憧れてるただの爺さんです。頼まれた物を届けに来たよ。君も何か欲しいものがあればあのデスノートとやらに書いといておくれ。』

『ありがとうございます。助かります。』

閣下さんは一体何モノなんだろう…

『あら、ありがとう。元気?』

ナツメさんが親しげに閣下に話しかけた。

『ああ。変わりは無いよ。』

閣下は嬉しそうに答えた。不思議な空気感が2人の間に流れている。

『閣下はナツメさんの旦那さんだよ。』

アキがコッソリ教えてくれた。

『閣下は、まだ生きてるんだよ。ただ、体質的に〝見える〟人らしい。だからこうやって私たちに必要なものを変わりに買っては届けてくれる。』

『なるほど…』

『死んだ奥さんにこうやって会いに来るの。』

『閣下が死に憧れている…』

『エリザベートの逆説が起きている』

『ナツメさんが迎え入れたらこっちの世界に来れちゃうこともあるの?』

『それは無いな。死は逃げ場ではない!!!』

アキは珍しく朝からテンションが高い。
はっと気付くとルナさんの視線を感じる。
ルナさんはアキのことをじっと見ている。
こんな美しい美男子のような美女が居たら誰でも釘付けになるのは仕方ない。

『ルナさん、朝ご飯御馳走さまでした。美味しくてビックリしちゃいました。こんなお料理が出来ちゃうなんて羨ましい。私は食べるばかりだから頑張らなきゃ。』

『いいんですよ。私は食べて貰えることが嬉しいんです。そうやって言って頂けるだけで十分です。』

閣下がルナさんに気付く

『あなたも初めましてだね。どうも閣下です。』

『初めまして。ルナと申します。』

何故か2人が何か通じ合っているようにも見えた。

私は閣下のデスノートに〝便箋〟とだけ書いておいた。

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やり方よくわかりませんが、文章や歌や写真や自由にいろいろ載せていきたいと思います。よろしくお願いします。
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