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オオカミ村其の二十

胡蝶の話・「るりとナガル」

「この話はここから東の国の村から始まるんだよ。一回しか話さないからよく聞いておくれ」と、胡蝶はおばあさんやおじいさんたちの間に入って、話はじめました。

 「今年も豊作だで」と、村人たちが、にぎやかに秋の収穫をしていました。この村は穀物はもとより梨やぶどう、たくさんの作物が育つ土地でした。村人たちはここで生まれ、この土地以外のところを知りたいとは思いませんでした。決まったことをちゃんとしていれば、あとはお天道様に任せておけばよかったからです。この穏やかな村に、るりという一人の娘がいました。

 るりは、毎日せっせと畑で作物の手入れをしていました。しかし、秋が来ても暑い夏で焼けたはずのるりの肌は、しろいままでした。豊作のお祭りの日が近づいてきて、村は騒がしくなってきました。「るり、お前も祭りの準備を手伝ってくれ」と、母親が外にいる娘を迎えにきました。「わたし、もうすこし畑の鼠の穴を見ていたいの」と、るりは言いました。「ろくなことでもないねえ、鼠なんて。穴を塞ぐんだったら別だけど」と、母親はるりの手をとって家路につきました。「るり、お前も祭りの準備を手伝っておくれ」と、両親がせっせと畑で働く娘を迎えにきました。「さあ、お祭りのごちそうをつくってみたのを、味見しておくれ」。「こんなにいっぱいのご馳走は、初めてね」と、るりはお腹いっぱいになるまで食べると、ぐっすり眠ってしまいました。るりは夢をみていました。鼠の穴のなかに入っていく夢です。どこまでいっても、迷路のような穴の中を、鼠と追っかけっこしていました。

 「しかたなかったんだよ」と、父親はいいました。「今年は、百年に一度の豊作じゃ。村の娘を差し出さねばならない村の掟があるのが、恨めしい。しかも、うちのるりが選ばれてしまったのだ」。「この子は生け贄になるのかい!」と、母親は少し声を荒げました。「そうさ、『神』に差し出すことで、この村は、豊かなのだ。南の村は、今年は作物がなくて、飢え死にしている人をオオカミが食べているじゃないか。そんなふうにならないように、だ」と父親は言いました。「神なのか、鬼なのかわかったものじゃない」と、母親は顔をしかめて言いました。「こんな言葉が外に聞こえてみろ。わたしらはこの村から追い出されて、食べ物のない土地へ行かなければならなくなるじゃないか」と、父親も泣いていました。

 夜も深くなり、父母は村長のところへ挨拶にいきました。「百年に一度の祭りのために、るりを選んでいただいて光栄です」。と、二人は涙を流して言いました。村長も両親の気持ちがわかり、あごひげからぽとりと、涙をこぼしました。「るりは、ほんとうに天女になるのですね」。父母は長老に問いかけました。「そうじゃ」と、長老はうなづきました。るりは、ごちそうの中に入った薬のせいで眠ったままです。舟に寝かされて、川に浮かべられました。村の川の西にある堰の向こう側は、急流の渦がいくつも見えました。ゆっくりと舟は岸から離れてゆき、次第に堰へさしかかりました。「ああ!」と両親の嘆きも遅く、舟は消えてゆきました。「どうか、天女になって、私らの村をまもっておくれ」と長老が祈りました。

 「ま、人間って言うのは、勝手な奴らだな」この様子を見ていたオオカミがいました。舟を追いかけて川を泳ぐと、オオカミはるりをくわえて川岸に飛び移理ました。舟は、滝に向かって落ちて見えなくなりました。オオカミは、ぐったりしたるりをくわえて、自分の村へ帰りました。るりとオオカミは、一斉に20頭近くのオオカミに囲まれました。「ナガルよ、猫のまねごとかい?そんな白いねずみを掴まえて来て」と、群れのなかの一頭がからかいました。「お腹がいっぱいになったのに、まだ、そんなものを食うのか?ねずみの薫製にでもしておけば役に立つぞ」と、笑いました。まあな、川魚よりもまずそうだ」と、ナガルは、るりをくわえて群れの中を通り過ぎました。「どこへ行くんだい、ナガル。今日は遠吠えの日だよ」。「もどってくるさ」と、樹の下に、るりを降ろしました。るりは、川で濡れたままぐったりしているので、動けません。ナガルは、近くから、草花や枯れ葉を集めては、るりの上に置きました。「こいつ、みんなはねずみだって言ったな。俺にはねずみには見えないんだ」。

2021年4月16日改訂  2013年9月23日Facebook初出

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