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営業日誌 05/12

 ゆでたまご屋さんは人が好きである。

 今日は久しぶりに付き合いの長い友達何人かと下北周辺を散歩した。コロナ自粛になってから誰かと二人で会うことはあっても複数人で会って話すことは滅多になかったのでとても楽しかった。とくに話題があるわけでもないけどずっと喋っていられてずっと楽しい空間がそこにはあって、こういう感覚になるのはとても久しぶりだなと思ったりしていた。

 冒頭にも書いたがゆでたまご屋さんは人が好きである。というか人と一緒にいたり話したりすることが結構好きである。とはいえ人とずっといたいと思っているわけでもない。ひとりでいる時間も大好きだし、むしろ引きこもりだった期間も長かったので誰かと一緒にいなくても自分で自分を楽しませる技術を学んできたつもりだ。一日中じっと本を読むことや、好きな映画監督のフィルモグラフィーを追っていくことや、いま自分が興味があることを捉えていくために雑文を書くことだってその一部である。ただ、それでも誰かと一緒にいたり話したりすることは魅力的なことだ。むしろそういう時間があることで”自分らしく”いられることだってある。誰かと一緒にいたり話したりすることはゆでたまご屋さんにとって主体性の問題と関係してくる事柄なのだ。

 そもそもゆでたまご家、ないしはゆでたまご一族は非常に人好きである。核家族が当たり前で親戚づきがあること自体が不思議がられる現代にあって、ゆでたまご一族は極めて近い範囲内で生活しており、週に1回のペースで本家で飲み会を行い、毎年ゴールデンウイークの時期になると親戚や知人を集めて30人規模のBBQを行い、新年には50人規模の宴会を催している。キチガイである。

 そのようなキチガイ屋さんの家系に生まれてしまったゆでたまご屋さんは幼いころから飲み会に揉まれて育っており、彼らのサービス精神やお笑いに対する過剰なまでの執念を目の当たりにしながら少年期~青年期を過ごしていたのでそういったメンタリティが身体に沁みついてしまったのだ。一方でゆでたまご屋さんは不登校になったりホームレスになったり引きこもりになったりしているので、ネガティヴな一面もある。

 あるとき、たしか横浜中華街の占い館みたいなところだったと思うが人生で初めて手相占いをしてもらったことがある。基本的に占いに規範性を感じないマンなのであるが、そのときに占い師から言われたのは「人付き合いは好きだけど基本的には独りでいたいタイプの人間ですね」というようなことだった。当たってる!とそのときは思ったし、いまでも当たってると思っている。もちろん二面性がない人間のほうが少ないくらいなのでこれも一種のリーディングだと考えることもできるわけだが、それにしても占い師のその言葉は胸にずしんと来るものがあった。たぶんこれは性格をあてられたのではなく、結果的に僕の気持ちを的確に言語化してしまったのだと思う。

 僕が好きな脚本家でスクリプトドクターでもある三宅隆太さんが著書で「人には対人関係において現れる《キャラクター》と、自身の内面的な性格を表している《パーソナリティ》という二種類の性格がある」という趣旨のことを言っているのだが(三宅さん自身が心理カウンセラーの資格を持っているので、おそらくこれは臨床心理学の用語なのだと思う)占い師が言語化した二面性はおそらくこのことなのだと思っている。

 ゆでたまご屋さんは一時期、この《キャラクター》と《パーソナリティ》がそこそこ開いていることに悩んでいた。ペルソナの切り替えにかなり大きなコストがかかる状態になってしまっていたのである。マジで普通の話ではあるが”本当の自分”問題に直面してしまい、異なるペルソナを行き来することがしんどくなってしまった。これはおそらく抱えている持病との関連性もあると思うのだけれど、最近は色んなことを諦めたりしてちゃんと自分がそれなりに変な人であることを見つめて、極端な人間であることを受け入れつつある。そしてそのことによってだいぶ人生が楽になってきた。

 僕は暗い人間だけどそれでも人間が好きだしできれば人間のなかで自己を発揮したいと思っている。それでいい。ただベタ塗りに人間が好きなわけでもないしいわゆる「大衆」から距離を取りたいとも思っている。それは自分のなかにある「大衆」から距離を取るということも含みこんだ実践だと理解している。

 色々あるけど今日は友達と遊べてよかった。

ともだちとあそべてたのしかったです。おしまい。

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