ただ何をするでもなく映画を観るだけの日々
大学全落ちから迎えた二度目の冬、浪人生となった僕は去年と同じように足繁く映画館に通っていた。
特に勉強をするでもなく、なんとなく始めたバイトをだらだらと続けながら、映画を観るだけの日々。ああ、去年もこんな感じだったな。
乗り換えの駅を通り過ぎて、上映待ちの列に並んだ受験当日。
そんなことを思い出すと、なんだかおかしくておかしくて笑いが止まらない。笑いごとではないのだけれど。
去年観た映画は本当にどれも面白かった。純粋に作品が面白いのか、逃避を続ける自分に酔っていたのかはよくわからない。
鑑賞済みのリストからベスト10を選んでみた。
ファニーとアレクサンデル
キッズ・リターン
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト
ストップ・メイキング・センス
道
鉄道員
或る夜の出来事
黄金狂時代
死刑台のエレベーター
クラッシュ
ファニーとアレクサンデルは受験をボイコットしてまでスクリーンで鑑賞した価値が本当にあった。今でもあの日のことは鮮明に覚えている。
あの日書きなぐったノートを読み返してみる。
「失わなければ人はその大切さに気がつかない、とても愚かな存在である、ということ」これこそがまさに人生の心理であり、仲の悪い両親について深く考えさせられた、考えざるを得なかった。
「両親への感謝」というおかしな道徳の授業を行うくらいなら、中高生に本作を鑑賞させた方がよっぽど良い。
私がまず感じたのは、母への感謝である。
私の百倍は憎んでいるであろう父と、現時点では離婚に至っていない。
母自身が常日頃口にしているように、確かに彼女は「コバンザメ」なのかもしれないが、まさしく今の生活は彼女が出て行ってしまえば崩れてしまう脆い幸せで、だとしてもその脆く小さな幸せを私と弟の為に守り続ける母は親としての「責任」を立派に背負っている訳で、まさしくその自己の幸せを押し殺し、子供にどれだけ拒まれようとも平穏な生活を守るXX XXこそが、呪われたXXの名を継ぐXX XXこそが、私にとって唯一の母であり、師である。
『時間と空間に縛られぬ想像力は、綺麗な模様の糸を紡ぐ』
想像力は誰にも止めることは出来ぬ、それがたとえどんな父や呪いであろうとも
「サクリファイス」という一本の映画がある。
終末を迎えた世界、男が目を覚ますと全てが元に戻り、男は神への犠牲として家を燃やした。
キリスト教の勉強はまだ出来ていないのだけれども、自己犠牲こそが我々に出来る神との唯一の対話で、彼は世界の救済と引き換えに家を燃やした。
なんだかよくわからない、わからないけれど今でもふとした瞬間、例えば小便を垂れている時にサクリファイスのイメージが突然飛び込んでくる。
タルコフスキーの映画は本当に不思議で、「ノスタルジア」にも同じようなことが言える。一体なんなんだろうか。
「武蔵野夫人」という映画がある。
ある夫婦のもとに、妻のいとこの大学生がやって来る。夫が別の女に手を出している、丁度その時だった。やがて二人は恋に落ちるが、妻は体を断固として許さない。それは彼女がある道徳を信じているからだった...
「私たちは、どんなことがあっても綺麗にしておかなければならないのよ」
「(従弟)、(夫)が勝手だから、私たちも勝手なことをしていいと、そう言いたいんでしょ?でも、(夫)が勝手な程、私たちはしっかりしておかなければならないのよ」
「僕を愛していないから、そういうことを言うんだ、僕を苦しめるだけだ、僕は(妻)を助けたいんだ、愛は自由だ、自由は力なんだ」
「道徳だけが力なのよ、それをわかってくれなくちゃ嫌」
「ねぇ(従弟)さん、信じて頂戴。あなたを愛しています。でもあたし、自分の気の済むようにしたいの」
「自分しか愛していないからそういうこと言うんだ」
「違うわ」
「そうですよ、じゃあなんだって今更道徳なんて振り回すんです、ここまできて卑怯だ」
「私が悪かったのよ...でも本当はあたし、道徳より上のものがあると思っているの」
「誓いよ」
「あたしたちが本当に愛し合って、いつまでも変わらないことが誓いです。そしうてその誓いを守ることができれば、世間の掟の方で、改まっていくわ。そうすればあたしたち、自分も他人も傷をつけないで一緒になる時が来ると思うわ」
「そんな時、僕たちの生きている間には来ないよ」
「来なくても良いわ」
「ねぇ(従弟)さん、誓って」
「何に誓うんです」
「それはわからないわ、わからないけどあるわ」
「神?神なんかいるもんか」
「わからないから信じるのよ、(従弟)さんが自由を信じるのと同じ。私もこの世で、自分に与えられた役割を信じるわ」
「そんな役割誰が決めたんだ」
「じゃあ人間が自由だって誰が決めたの?あたし、今の道徳が間違っていても良いの。間違っているから守るんだわ」
「そしてみんなが不幸になるだけだ」
「良いの。不幸なものが段々増えれば、いつかは道徳の殻が壊れてきます...ねぇ、誓って!誓って...」
道徳、と書けば本当に実態がなく正体不明のもののように思えるが、宗教だと言い換えればしっくり来る。彼女は彼女なりの誓いを立て、たとえ神が二人にそっぽを向こうとも、彼女は誓いを守り続けるのだ。
私の母は私と弟を犯罪者にしない為、劣悪な環境で生活をさせない為に家に居るらしい。これも彼女なりの立派な誓いである。
最近、座頭市にハマっている。市がおてんとさまを拝むのを真似て、天気の良い日はバイトへの道中で拝んでみたり。
なんだか熱が冷めてしまった。寝よう
冴えないオタクに幸を