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くにん
2020年5月17日 23:10
「月の砂漠のかぐや姫」は、今でない時、ここでない場所、人と精霊の距離がいまよりももっと近かった頃の物語です。「月から来たもの」が自らの始祖であると信じる遊牧民族「月の民」の少年少女が、ゴビと呼ばれる荒れ地を舞台に、一生懸命に頑張ります。 物語世界の下敷きとなっている時代や場所はあります。時代で言えば遊牧民族が活躍していた紀元前3世紀ごろ、場所で言えば中国の内陸部、現在では河西回廊と呼ばれる祁連(
2022年4月10日 22:26
羽磋が自分の考えの中に落ちて行っているその横では、理亜が服に付いた砂を王柔に払ってもらっていました。「オージュ、駱駝さん、すごい勢いで走ってたよネェ」 駱駝が自分たちに向かって走ってくる勢いはとても速くて、羽磋も王柔も自分と理亜を守るための最低限の行動しかできませんでした。少しでも彼らが身をかわすのが遅れていたら、駱駝に弾き飛ばされて大変なことになっていたでしょう。通常では考えられないよ
2022年3月26日 20:34
駱駝の声は王柔の制止を振り切って走って逃げだした時と同様に激しく、何かに怯えているかのように震えてもいました。そして、何度も繰り返されるその声は、とても速い勢いで大きくなってきました。さらに、ドドッドドドッと駱駝の脚が地面を蹴る音さえもが、洞窟中に響くようになってきました。「王柔殿、あぶないっ。逃げてっ!」「うわっ、理亜っ!」 青い光の塊の中から茶色の何かが飛び出てきたかと思うと、あ
2022年3月20日 19:55
「ああっ、痛っ」 王柔は悲鳴のような高い声を上げました。駱駝を大人しくさせるために手綱を引っ張っていたのですが、その綱に急に強い力が加わったので指が千切れそうになったのです。反射的に手を開いて綱を離してしまった王柔の元から、駱駝が走って逃げだしました。 グフェェッ! 駱駝は大きな声を上げながら、たまたま自分が向いていた方向である洞窟の奥の方へと走っていきました。 羽磋も王柔も直ぐに
2022年3月12日 23:18
「どうされました、王柔殿」 王柔の声の調子が急に変わったのに驚いた羽磋は、しっかりと体を起こして彼の方を見ました。王柔は川辺で駱駝と理亜とを集めて、何かをしているようです。「王柔殿、何をなされているんですか。何かを探しているとか?」「い、いえ、羽磋殿・・・・・・」 王柔は弱々しい声で答えました。今では彼は自分が何をしてしまったかがわかっていて、それが何か悪いことを引き起こしはしない
2022年2月23日 23:15
「羽磋殿、こいつに川の水を飲ませときますね」「え・・・・・・、は、はい。お願いします」 まだ目を開ければクラクラとするので、羽磋は顔を上に向けながら片手で目を覆っていました。目を閉じていても目蓋の裏の暗闇自体が回っているように感じられて、羽磋はとても何かを考えられる状態ではありませんでした。そのため、王柔から話しかけられると、深く考えることなく反射的に答えてしまいました。「ごめんな、秣
2022年2月20日 22:14
もしもヤルダンの中に人に害をなすことをたくらむ「悪霊」がいるのであれば、ここにそれがいないとどうして言い切れるのでしょうか。そして、ヤルダンの中には「悪霊」がいると、今では羽磋も考えるようになっているのです。 羽磋は歩く速度を少し落として、洞窟の奥の方をじっと見つめました。この洞窟の中では明かりと言えば川の水が発する青い光しかありませんから、奥の方は青い光を放つ塊がぼんやりと暗闇の中に浮いて
2022年2月9日 20:36
「ははぁ。どんなことがあったんですか」 緩やかに右に曲がっている洞窟の中で、羽磋は駱駝の首を進行方向に向けて引きながら相槌を打ちました。曲がっているところでは地面が少し低くなっているようで、川の水がうっすらと地面を覆っていましたが、羽磋はパシャパシャと水音を立てながらそれを踏み越えていきました。「いや、ヤルダンには色々な怖い話があるじゃないですか。暗闇から悪霊が現れて影の世界に人を引きずり
2022年1月19日 22:55
「そうですね、早く出口に辿り着けば良いのですが」 羽磋の方でも、周囲に気を配りながら黙々と歩き続けるのに疲れて来ていました。そのため、王柔に返した何気ない言葉には、少しほっとしたような調子がありました。 地平線まで続くかのような広いゴビの荒地で馬に乗って羊を追う遊牧をしていた羽磋に、交易隊の先頭に立って長い旅をしていた王柔。どちらも、このような閉ざされた狭い空間に長時間いたことなどありませ
2022年1月16日 15:32
羽磋たちは、大空間が回廊のように細くなっている場所に入っていきました。回廊に入ってすぐのところにはザワザワと音を立てながら水を飲み込んでいる一つ目の洞窟の入り口がありましたが、彼らはその前で立ち止まることはありませんでした。さらに回廊の奥へと進んでいくと、それが行き止まりとなっている箇所の岩壁に洞窟が大きな口を開いているのが見えてきました。二つ目の洞窟でした。こちらの洞窟にも一つ目の洞窟と同じく
2022年1月12日 23:17
「王柔殿の心配はごもっともです。ありがたいことに、この大空間では何にも出会わなかったのですが、この先もこうだとは限りません。あのサバクオオカミの奇岩の様に僕たちを襲ってくるものがいないとは、とても言い切れません」 王柔は真剣な顔で羽磋の言葉を聞いています。羽磋は小さな声で話を続けました。「それでも、僕は奥の洞窟を進むべきだと思うのです。一つは、先ほどお話したように、僕たちの目的の達成にはそ
2022年1月9日 23:08
「では、決めさせていただきます。王柔殿、奥の洞窟の方に入っていきましょう」 もともと、「奥の洞窟に入るのが良いと思う」と、自分の意見を王柔に話そうとしていた羽磋でしたが、それが最終的な判断になると思うと、緊張せずにはいられませんでした。 王柔は羽磋の判断に異論は唱えませんでした。自分では判断ができないからと羽磋にそれを任せたのですから、それは当然でした。ただ、羽磋が手前の洞窟でなくて奥の洞
2022年1月5日 22:43
二人が言うように、羽磋たちと同じように交易路から落下した駱駝や荷物が見つかれば良いのですが、それをあてにすることはできません。羽磋は自分たちの手元にあった食料や水が入っている皮袋をすべて駱駝の背に載せると、その手綱をしっかりと握りました。ただ、自分がとても大事にしているもの、つまり、父である大伴から渡された兎の面や小刀などを入れた皮袋だけはこれまでと同じように自分の背にかけて、何があっても手放す
2021年12月19日 21:01
朝になりました。 とはいっても、それは太陽が昇ってきて王柔たちの周囲が明るくなったという訳ではありませんでした。地中に広がるこの大空間には太陽の光は入ってきませんし、水面から放たれるほのかな青い光の量にも時間の経過による変化はないからです。そのため、一人で夜の後半の見張りに立っていた王柔が、「そろそろ朝だろう。もう羽磋殿と理亜を起こしてもいいだろう」と決めた時間が、すなわち朝であるということに