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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2020年11月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第142話

月の砂漠のかぐや姫 第142話

 冒頓も交易隊の者も、自分たちを攻撃してきたものが何者かの見当はついていました。
 サバクオオカミの奇岩。それに、おそらくは、母を待つ少女の奇岩に違いありません。
 耳を通じてではなく直接頭に響いてきた、あのサバクオオカミの叫び声。それは今でも、彼らの心にしっかりと傷跡を残していましたから。
 一度は襲撃を完全に退けた相手に攻撃を受け、ここまでの大きな被害が出たのですから、悔しくないわけはありませ

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月の砂漠のかぐや姫 第141話

月の砂漠のかぐや姫 第141話

「イヤァ、怖い、オージュ、助けテ!」
「王柔殿、駄目です、オオオッ、くそっ」
「理亜、理亜、手を離すな、手をぉ」
 駱駝は驚くほどの力を発揮して、ずるずると動き出しました。背中には理亜を乗せたままで。後ろには手綱にしがみつく王柔と羽磋を引きずったままで。
 そこへ、駱駝の激流の先頭が到達しました。走ってきた駱駝の方でも何かにぶつかりたくはないですから、理亜を乗せた駱駝を避けながら、あるいは、地面を

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月の砂漠のかぐや姫 第140話

月の砂漠のかぐや姫 第140話

 興奮のあまり口から泡を吹きながら走ってくる駱駝たちを見るや、交易隊の前の方を歩いていた男たちの頭から「取り押さえよう」という気持ちは吹き飛んでしまいました。
 いつもであれば駱駝は従順で頼りになる相棒ですが、こうなってしまうと、それは自分たちよりも背が高く力が強い、危険な大型の生き物なのです。
「うわっ、危ないっ」
「避けろ、避けろっ」
 でも、狭い交易路のことです。前の方を歩いていた交易隊が駱

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月の砂漠のかぐや姫 第139話

月の砂漠のかぐや姫 第139話

「イケ・・・・・・」
 ウオオオオオンッ。
 ザザアッ。ゴロゴロゴロン!

 何層にも重なり合っているゴビの岩襞の一番上、ちょうど大混乱に陥っている交易隊を見下ろす位置にいるのは、母を待つ少女の奇岩とサバクオオカミの奇岩たちでした。
 母を待つ少女の奇岩は、ヤルダンの中で自らの動きを封じている足元の岩を砕き、サバクオオカミの奇岩の群れを率いて、ここまでやって来ていたのでした。
 もちろん、その目的

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月の砂漠のかぐや姫 第138話

月の砂漠のかぐや姫 第138話

「羽磋殿、どうですか」
「ええ、大丈夫そうです。進みましょう」
 何度もそのようなやり取りを繰り返し、交易路の上に積み重なった不安を崖の横に掃き出して風に流してしまいながら、王柔と羽磋は岩襞と崖の間の細い道を進みます。
 一歩ずつ。一歩ずつ。
 それは僅かな距離の積み重ねに過ぎません。でも、交易隊の男たちは、文句も言わずに王柔たちに従って進みます。
 彼らは経験を通して、知っているのです。
 例え

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月の砂漠のかぐや姫 第137話

月の砂漠のかぐや姫 第137話

「おおーい、この先は細い道が続きますから、気を付けてくださいよー」
 王柔の声が交易隊の先頭で起きると、長く続く列の各所で、「この先は道が細くなっているから気を付けるように」と、後ろへ後ろへと注意を申し送る声が生じました。
 交易隊の先では、岩襞と崖の間にできたわずかな場所を交易路が通っていました。幸いにも、それは崖際に刻み付けられた獣道というほど狭いものではなく、かろうじて駱駝を引きながら通るこ

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月の砂漠のかぐや姫 第136話

月の砂漠のかぐや姫 第136話

 冒頓の考えが及ばなかった出来事が、ヤルダンの中で現実となってしまっていました。
 ゆっくりと大地に戻り始めた太陽の下で、母を待つ少女を先頭にした奇岩たちは、ヤルダンの中を貫いている交易路の上を東へと進んでいました。一方で、冒頓の指揮する交易隊は、ヤルダンの入り口に向って交易路を西へと進み始めました。
 もしも、精霊の波動を言葉として捉えることができる月の巫女がこの場にいたならば、きっと太陽の精霊

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月の砂漠のかぐや姫 第135話

月の砂漠のかぐや姫 第135話

 オオオオオゥウ・・・・・・。
 次々と生まれるサバクオオカミの奇岩たち。それは、この場所に満ちている精霊の力と重苦しい怒りの力が合わさって起きた不思議でした。
 ビシビシビシッ!
 突然、固くとがった音が、その一角に響き渡りました。その音は、サバクオオカミが立てたものではありませんでした。また、その元となった砂岩が割れた音でも、ありませんでした。その音の源は、母を待つ少女の奇岩そのものでした。

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