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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2020年7月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第111話

月の砂漠のかぐや姫 第111話

「こんにちは、王柔殿、こんにちは、理亜姫」
 羽磋は、年長の王柔に対してはもちろん、その保護の下にある理亜に対しても、丁寧な呼びかけをしました。羽磋からしてみれば理亜は年下になりますから、未婚の女性に対する敬称の「姫」をつける必要は無いのですが、彼女の保護者同然である王柔に対して気を使ってのことでした。
「ああ、羽磋殿、そこまで気を使っていただくことはないですよ。理亜と呼んでやってください。せっか

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月の砂漠のかぐや姫 第110話

月の砂漠のかぐや姫 第110話

「それにしても、交結という通り名どおりの方だったな」
 羽磋は、自分が挨拶をした時に交結が見せた、大げさな歓待のしぐさを思い出していました。それに加えて、小野から「実は例の件で報告がありまして」と耳打ちされた後で交結が見せた、早く報告を聞きたくてたまらないとでもいうような子供っぽいそわそわとした様子も、彼の心に浮かび上がってきました。
 年齢で言えば、交結は、羽磋はもちろん小野よりもずいぶんと上に

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月の砂漠のかぐや姫 第109話

月の砂漠のかぐや姫 第109話

「本当に助かりましたよ、交結殿。秦で偽物を掴まされたのはこの私の失態ですが、このようにして御門殿への協力の姿勢を見せることができれば、それはそれで良しとできるでしょう」
 小野が「偽物」であると知りながらも、さも本物の「火ねずみの皮衣」を発見したように交結に報告したのは、御門への協力の姿勢を見せるためでした。
 もちろん、本当に本物の「火ねずみの皮衣」を手に入れていたとすれば、それは阿部以外の誰に

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月の砂漠のかぐや姫 第108話

月の砂漠のかぐや姫 第108話

「いやいや、心配なさるな、小野殿。この不思議な毛皮が祭器の偽物であることなど、考えられません。いや、もちろん私にも、精霊の力に関することは判りません。しかし、交易の中継地たるこの土光村で長年代表を務めておりますこの私ですが、これまでにこのようなものにお目にかかったことがありませぬ。まず、間違いがないものと思いますぞ」
「ありがたいお言葉です。私も、間違いがないものと思ってはいるのですが・・・・・・

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月の砂漠のかぐや姫 第107話

月の砂漠のかぐや姫 第107話

 先ほどまではこの場にもう一人の男、つまり羽磋がいたのですが、交結への挨拶が終わると、小野に促された彼は先に退室していたのでした。
 これは、あらかじめ、小野と羽磋の間で打合せがされていたことでした。
 始めから小野はこの機会を利用して、「火ねずみの皮衣を秦で手に入れた。これは族長である阿部殿に届け、阿部殿から御門殿に献上されるだろう」という報告を、交結に対して行うことにしていました。
 つまり、

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月の砂漠のかぐや姫 第106話

月の砂漠のかぐや姫 第106話

 そのとおりなのです。御門から直接交結に命じられた月の巫女に関する調査は、公式な手順を踏んだものではなく、あくまで私的なものです。そのため、本来であればそれは交結の胸の内に、しっかりとおさめられてしかるべきものなのでした。
 それにもかかわらず、自分が御門から命令を受けたことを気軽に小野に話してしまうところが、交結が「とても」きさくで、「非常に」人当たりが良いと言われる所以なのでした。
「ですから

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月の砂漠のかぐや姫 第105話

月の砂漠のかぐや姫 第105話

 人通りの多い大通りを抜けて村の中心部に入っていくと、周囲の建物の様相が変わってきました。
 大通りの両脇には、交易物を並べるための仮設の建物や、多くの客を呼び込むために間口が広く作られた飲み物や食べ物を売る店が並んでいました。
 でも、この中心部に並んでいるのは、土壁で広い敷地を囲った、落ち着いた様子の邸宅ばかりなのでした。
 土壁の開口部から敷地の中を覗くと、立派な中庭が見えます。そして、敷地

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月の砂漠のかぐや姫 第104話

月の砂漠のかぐや姫 第104話

 この伝達でびっくりしたのは、苑でした。小野の交易隊は根拠地である吐露村に戻るところであり、羽磋の目的地も同じ吐露村でしたから、旅の最後まで羽磋と一緒に歩けると苑は思い込んでいたのでした。
「ええっ、羽磋殿、明日出発されるんっすか」
「ああ、昨日の話し合いで、そう決まったんだよ。この交易隊は、しばらくここに留まるそうだからさ。ここでもいろいろと勉強させてもらっているけど、まずは留学先である肸頓族の

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