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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2019年9月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第65話

月の砂漠のかぐや姫 第65話

 羽磋が貴霜(クシャン)族を出た目的は、輝夜姫の身に決定的な出来事が生じて、その存在が消えてしまうということがないように、そして、彼女が月に還ることができるように、その術を探すというものです。
 今のところ、彼女の存在が消えてしまうような、重大な事態が生じる危険は少ないように思われますが、「その術についての手掛かりを少しでも早く得たい、そのために、一刻でも早く阿部殿に会いたい」、羽磋は一日の終わり

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月の砂漠のかぐや姫 第64話

月の砂漠のかぐや姫 第64話

「おお、見えた! 一つ目のオアシスだ!」
「なになに、おお、見えた見えたっ、ナツメヤシの姿がくっきりと見えたっ」

 駱駝と荷物と沈黙を引き連れた行軍が数日間続いたある日、交易隊の先頭から、大きな声が上がりました。
 交易隊の先導役を務める男たちが、行く手にオアシスの影を認めたのでした。
 まだ、遠くにうっすらとしか確認できないそのオアシスは、「一つ目のオアシス」と呼ばれていて、そのオアシスから土

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月の砂漠のかぐや姫 第63話

月の砂漠のかぐや姫 第63話

 盗賊に襲われてから数日の間、交易隊には大きな問題は生じず、羽磋たちは、ただ黙々とゴビを歩き続けていました。月の民の者は、辛い仕事や単純な作業に当たるときは、精霊に捧げる唄を歌いながら行うことが多いのですが、ゴビを歩く際には、唄を歌いながら歩くわけにはいきませんでした。
 その理由は「喉が渇くから」でした。
 これは、単純なことではありますが、同時に、命にもかかわる深刻な問題でもありました。水の補

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月の砂漠のかぐや姫 第62話

月の砂漠のかぐや姫 第62話

「そうか、俺は人を殺そうとしていたのか・・・・・・」

 羽磋は、自分の右手をじっと見つめました。自分がそのようなことをするだなんて、これまで、想像したこともありませんでした。でも、それは事実ですし、また、ひょっとしたら、今後も有り得ることなのかもしれないのでした。

「いいか、羽磋。俺はお前を気に入った。だから、前もって言っておく。俺は、交易隊の護衛なんかしているせいで、色んな危ない場面にあって

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月の砂漠のかぐや姫 第61話

月の砂漠のかぐや姫 第61話

 そのような状況の中で成長した冒頓が、もっとも興味を示したのが、農耕と交易でした。
 匈奴は完全な遊牧民族であり、牧畜を行える場所を求めて、季節ごとに家族皆が移動を繰り返します。その移動に例外はなく、生まれたての子供から、自ら歩くことが困難になった老人まで、一族の全てが含まれます。
 一方で、月の民も遊牧民族ではありましたが、一族全てが遊牧に参加しているわけではないのでした。
 彼らが過ごすゴビの

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月の砂漠のかぐや姫 第60話

月の砂漠のかぐや姫 第60話

「どうかしたっすか、羽磋殿」

 苑の言葉で、羽磋は我に返りました。自分の周りを見渡すと、すぐ横には苑がいて、自分の部下に指示をだしながら、狭道を行ったり来たりしている冒頓がいます。
 そして、その指示を受けて、盗賊の死体を狭道の脇や河原の方へ動かして、後続の本体を受け入れる準備をしている、頭布ではなく飾り紐を頭髪に巻き付けた男たちがいます。

「いや、なんでもないよ」

 苑にはそのように答えた

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月の砂漠のかぐや姫 第59話

月の砂漠のかぐや姫 第59話

「どうぞお座りください、羽磋殿」

 遊牧隊だと家族で使用するような大きな天幕に入ると、小野は羽磋に座るように促しました。どうやら、この天幕は、小野が一人で使用しているようでした。
 天幕の中には、様々な箱や包みが所狭しと置かれています。大きな天幕とは言え、座ることが出来る場所は中央の一部しかありません。羽磋は、包みや巻物をつぶさないように注意しながら、小野の向かい側に腰を下ろしました。

「お父

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月の砂漠のかぐや姫 第58話

月の砂漠のかぐや姫 第58話

「なるほど。留学の方でしたか。申し遅れました、私は、交易隊の護衛隊の頭で冒頓(ボクトツ)と呼ばれるもの。これらは私の部下のものたちです。しかし、その留学の証ですが‥‥‥。失礼ですが、それを確かめさせていただくことは、できるのでしょうか」

 留学の徒は、各部族の指導者の卵と認められた若者です。冒頓と名乗った男の口調は、自然に改まったものに変わりました。しかし、冒頓は、どこかこのような事態を楽しんで

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