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【マガジン】月の砂漠のかぐや姫

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今ではなく、人と精霊が身近であった時代。ここではなく、ゴビの赤土と砂漠の白砂が広がる場所。中国の祁連山脈の北側、後代に河西回廊と呼ばれる場所を舞台として、謎の遊牧民族「月の民」の… もっと読む
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2019年5月の記事一覧

月の砂漠のかぐや姫 第38話

月の砂漠のかぐや姫 第38話

「よかったですね。それで筑紫村は救われたのでしょう?」 
 
 大伴の話に相槌を打ちながら、羽磋は竹姫のことを思い出していました。竹姫がオアシスの水くみ場で精霊と会話を交わしたと、たしか至篤が話していたはずです。
 その事と大伴の話の中に出てきた温姫が源泉で精霊と会話を交わす場面が、羽磋の頭の中で自然に重なり合うのでした。

「ああ、お陰で村は救われた。村人たちもそれは喜んださ。だがな、その点は良

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月の砂漠のかぐや姫 第37話

月の砂漠のかぐや姫 第37話

「あれは、まだ、俺が十二の頃の話だ‥‥‥」

 思い出し思い出ししながら、大伴がゆっくりと語り始めたその話は、彼が前置きしたように、少し長いものになりそうでした。それは、大伴がまだ羽磋と同じ年の頃の話でした。
 大伴の話を一字一句聞き漏らさないように、全身を耳にして聞いている羽磋でしたが、父の話を聞いていると、とても不思議な気持ちが、自分の内に湧き上がってくるのでした。
 それは「父上が十二の頃、

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月の砂漠のかぐや姫 第36話

月の砂漠のかぐや姫 第36話

「竹姫の話だ。まず確認するが、俺が不在の間に、砂漠でお前が見聞きしたことを誰かに話したか」

 大伴の声は、低く小さなままでした。周囲に気を配りながら、背中を預ける羽磋にだけ聞こえるように気を配っているのでした。

「え、いえ、誰にも話していません。俺が目を覚ましてから、竹と話をするまで誰とも、いや、母上と話をしました。でも、砂漠での出来事は話をしていません。竹とは砂漠での話をしましたが、全然話が

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月の砂漠のかぐや姫 第35話

月の砂漠のかぐや姫 第35話

「それで、話というのはだな」

 大伴は羽に話しかけながら、高台の縁の方へ歩いていきました。そして縁に近づくにつれて、遠くから見られることを恐れているかのように、身を低くしていきました。

「まず、あれを見てくれ。ちょうどうまいこと、動いてくれているぞ」

 同じように身を低くして側へやってきた羽に、大伴は遠くに見える自分たちの宿営地の方を指で示しました。
 彼らの優れた視力でも、宿営地の細かな動

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月の砂漠のかぐや姫 第34話

月の砂漠のかぐや姫 第34話

 馬だまりでは、朝の餌を喰いつくした馬たちが、自分たちの近くにぽつぽつと生えている下草を喰いちぎって、口さみしさを解消していました。しかし、大伴がいつも騎乗している馬だけは、飼い葉桶に首を突っ込んで朝食の真っ最中でした。

「すまんな、朝飯はしばらく待ってくれ」

 大伴は話しかけながら愛馬を引き出すと、その背に鞍と革袋を置きました。その横で自分の愛馬に鞍を置きながら、羽は大伴に尋ねました。
 大

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月の砂漠のかぐや姫 第33話

月の砂漠のかぐや姫 第33話

「くそ、くそっ」

 羽は、小さな声で罵りながら、小走りで自分の天幕に戻っていきました。
 そもそも自分は誰に対して憤っているのか。竹姫に対してなのか、それとも他の誰かに対してなのか。
 極度の興奮で混乱している羽には、それすらもわからなくなっていました。
 考えてみると、大事なことを忘れてしまった竹姫に対しての怒りがありますが、それ以上に、感情的になってしまって竹姫を傷つけるための言葉を発してし

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