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うみのあかいきりんさん

おっきなからだにながいくび
いつものぼっ。だよ

開国してまずは海外の文化が入ってきた。
次に技術が入ってきた。
そしてモノが入ってきた。

1853年の黒船来航から約半世紀。50年という決して歴史上では長くない期間で日本は超急速に発展、近代世界と渡り合えるだけの文化と経済が整った。その証拠として1894年と1904年に2度の対外戦争に日本は勝利した。
だが発展と国際社会の中核への参入とともに太平洋物流の一角として、さらなる発展のためとして港湾施設と物流力が不可欠となる。
そんな中で1914年に横浜に日本初のハンマーヘッドクレーンが設置される。それまで港湾施設では人や小舟を使っていたために、直接船に重量物を積載できるようになり、今後の国内中の港湾施設の発達に貢献した。

現在、鉄道による陸路の物流が衰退し、高速道路を使った陸路物流が主である。
鉄道による国内物流が盛んな頃は都心から多少離れた土地が国外との主要な港湾施設となっていた。横浜や川崎などがそうだ。
しかし道路交通網が主流のいま、主要港湾施設は都心に置く方が都合がよくなった。こうして港湾施設として発展した場所こそが江東区の青海、そして大田区の城南島だ。


まあ正直こんな話はどーでもいい。
免許を少しして取って以降、どうもドライブにハマったもんで後輩連れたり1人でどっか行ったりしてるんだが。
結構いろいろ行って改めて思ったのが港湾夜景とか工場夜景がやっぱ一番好きだなぁと。
特に夜の港湾施設でオレンジのライト付けて動いてるクレーンを観るのが堪らない。

だいたい1人で行くとなるとあんまり気分がいい時じゃなく基本現実逃避。
港湾クレーンはタンカーがいない時は静かに都会の喧騒を聴きながら眠り、タンカーが来れば頑丈な身体でコンテナを持ち上げては陸路で運ぶトラックを静かに見送る。
それなのに人が扱うには簡単では無い、繊細な一面も持つ。
静かに見守り、人が来れば受け入れ寄り添い、黙って努力する姿を見送る。
なんとなく近しいものを感じる。だが残念ながら自分はそんな強くは無いのでどちらかというと憧れというかまあ表現難しいがそんな感じの気持ち。
それ故に近くに行くと、動いていれば頑張らねばって気にさせてもらえる。動いていなくても静かに見守って寄り添ってくれる感じがする。ただの鉄なんだが。

他人に期待はしていない。もちろん自分にも期待はしていない。だから何かを成し遂げようなんて1ミリも思っちゃいない。
けどとりあえず生きてる以上は何かしないかんので。
期待なんかしてない。でもちょっとだけ「見守ってくれてると」「寄り添ってほしい」みたいなのこと思ってもらえるようにはなりたいな〜なんてことをいつも考えてやってたりしてる僕です。

縁の下の力持ちほど強くはなれないけど縁の下で寄りかかってヤニ吸ったり、酒飲んだり、愚痴ったり、そのくらいにはなれるようにがんばろーかなと、そんな元気を今日もあかいきりんさんから貰いましたとさ。


おしまい。

城南島、コンテナ埠頭
寝てたら月が覗いてきた。

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