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ガタンゴトンガタンゴトン。

これでもかと、ぎゅうぎゅう詰めにされた青梅行き最終電車に、ユウスケは乗っていた。
隣にはアカリ先輩も居る。

今日は新宿で、ユウスケがバイトをしている居酒屋の送別会があった。大学生4年生の先輩達は、この春でバイトを卒業し、晴れて社会人になる。
バイト仲間達は思い出話で話しが盛り上がり、気がつけば時計の針は24時を超えていた。

「えー、それではね、春から皆んなは、社会人になって企業で働く訳だけど、いつでも遊びに来いよ。サービスしてやるからな。辞めたらうちで、またバイトするか?」

ビールジョッキを持った店長の一言が終了の合図かのように、各々が帰路についた。

三鷹に住んでいるユウスケは、帰る方向が一緒のアカリ先輩と新宿駅で最終電車に乗った。

「やっぱり、終電て人多いね。」

アカリ先輩はリュックを前に担ぎながら、自分のしっくりくる立ち位置を探している。

「そうですね。」

つり革に手をかけ、流れる風景を見ながらユウスケは返事をした。
アカリ先輩はユウスケの一つ年上のバイト先の先輩で、この春で大学を卒業し、金融関係の就職先が決まっている。

「もう配属先って決まったんですか?」

「まだ決まってないんだよねー。でも関東の何処かだと思う。横浜だったらいいなー。」

「そうなんですね。」

ユウスケは、話しかける次の言葉を探しながらおもむろにジーパンのポケットに手を入れた。

クシャ

手にレシートが当たる感触がした。
アカリ先輩は前の人にぶつからないようにケータイを持ちながら、ケータイを眺めている。

ユウスケはレシートを取り出し、クシャクシャになっているレシートを広げた。
レシートには『こんにゃく豆腐 98円』と印刷さていた。
ユウスケは不思議に思った。
何故なら、こんにゃく豆腐など今まで一度も買った記憶が無いからだ。
こんにゃく豆腐が何なのかも分からない。
それに何故、自分の履いているジーパンのポケットに、このレシートが入っているのか検討もつかない。
よく見るとレシートにはお店の名前が書いてあった。

『中野坂下商店』

中野坂下商店・・何も心当たりがない。
日付を見ると、明日の日にちが印刷してあった。

意味が分からなかった。
明日の日付が印刷されている、レシートが自分の履いているジーパンのポケットから出てきた。
バイト先の誰かが悪戯で、レシートを作って自分の履いているジーパンのポケットにこっそり入れるなんて考えづらい。
こんな手の込んだ悪戯をする筈がない。
何かおかしな事に巻き込まれたのかもしれない。

「ユウスケくん?ねぇ、聞いてる?」

アカリ先輩の声が聞こえた。

「あ、はい?なんですか?」

「どうしたの?凄く険しい顔してたよ。」

いつの間にか、ユウスケは自分の世界に入り込んでいた。

「すみません、ちょっと考え事してて。」

「あ、そう。」

アカリ先輩は、またケータイに目を向けた。

「あ、あのー。」

「うん?」

ユウスケは、アカリ先輩に何となく聞いてみた。
聞いたところで、会話が盛り上がる訳は無いと知りつつも。

「こんにゃく豆腐って知ってますか?」

「こんにゃく豆腐?」

アカリ先輩は初めて聞いたであろう単語を復唱した。

「あ、知らないんならいいんです。すみません。」

ユウスケは、窓の外に目を向けた。
すると、アカリ先輩はおもむろに口を動かして、ポツリと呟いた。

「ユウスケ君も、あのレシート持ってるんだ。」

「え?」

ユウスケは予期せぬ言葉に、何を言えばいいのか分からなくなった。

『次は、荻窪〜。次は、荻窪〜。』

「あ、私ここだから降りるね。」

「え?あ、あの〜」

「じゃあね!また、みんなで集まって飲もう。」

ユウスケは、やっとの想いで言葉を紡ぎ出した。

「このレシート何なんですか!」

プシューーー。

ユウスケの言葉を掻き消すように、扉が閉まる。

ガタンゴトンガタンゴトン。

ホームに佇むアカリ先輩が、ゆっくりと流れてゆく。

ユウスケは暫くの間、クシャクシャになったレシートを手にしながら、窓の外を眺めた。

『次は〜、三鷹〜。次は、三鷹〜』

いつの間にか、ユウスケの降りるべき駅に着いていた。
ユウスケは慌てて、電車を降りた。

プシュー。

ガタンゴトンガタンゴトン。

電車は、何も未練が無いかのように、ユウスケの元から離れて行く。

ホームに立ちすくむユウスケ。
ユウスケは、ホームに佇むアカリ先輩の姿が目に焼きついていた。

明日、こんにゃく豆腐を見つけよう。

ユウスケは、少しだけアカリ先輩に近づいた気持ちになった。





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