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試し読み: 2-1 ロゴの表記をサインで再現するのか?

「企業やブランドのロゴが全部大文字なら文中でも同様に全部大文字で表記する」という考え方があるようですが、文中では「標準表記」、つまり固有名詞なら単語の最初の1文字だけ大文字であとは小文字にする方が英語の読者にとって自然です。そもそもロゴは企業や施設、製品のイメージを図案化したシンボルなので、文章にシンボルを入れ込もうとすると、見た目はおのずと不自然になります。

サインや文章というのは「イメージを伝える」ことが目的ではありません。サインならば、その施設がどこにあるか探している人に素早く正確に伝えること、文章ならば、読者に負担をかけずに読んでもらえるようにすることが目的のはずです。見る人を一瞬でも考えさせてしまうような独特な形は避けるべきで、あくまでも普通の文字の組み合わせでプレーンに表現することが大切です。ロゴがすべて大文字だからといって、文章で内容を伝えるのに社名を全部大文字にすると、まずその形に目が行ってしまうので、スムーズに頭に入ってきません。また、この次の項でも書きますが、大文字で書くことで内容のニュアンスも変わってしまいます。

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また、大文字と小文字が不規則に入り交じった表記も、サインやガイドの文章でひんぱんに見かけます。「ITOCiA」「mAAch」など、ロゴに少しでも見た目を近づけたいということなのでしょうが、看板と違う役割を持つサインや文章で出てくる社名や施設名の見え方を、ロゴに近づける必要があるでしょうか。特に、サインでは書体や使用できる色に制限があるはずですので、ロゴの正確な再現はまず不可能です。仮にそこまで神経を使う理由が制作者側にあっても、その理由を知らない大多数の人にとっては単に「デコボコで見栄えの悪い見出し」にしか見えません。しかもその理由が分かったからといって、見栄えはよくはならないのです。

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ここで少し想像力を働かせて、この状況を音声情報に置き換えて考えてみましょう。たとえば、企業A社のイメージが、いつもコマーシャルで起用する俳優Bと強く結びついているとします。たまたま聴いていたラジオのアナウンサーが、A社に関連したニュースを読み上げるときに「A社」という部分だけ俳優Bのモノマネで読んだら、ニュースの内容よりもそのモノマネ部分だけが印象に残るでしょう。視覚的に中途半端なモノマネを見せているサインもそれと同じではありませんか? ところが、音声ではあり得ないそんなことが文字では実際に行われ、空港や駅や街角で公共のサインとして掲示されているのです。ラジオの音は一瞬で消えてしまいますが、サインは長い期間残ります。その企業の宣伝になるからよいのだとする見方もあるかもしれませんが、それでは案内用のサインも広告看板も同じレベルで扱う社会なのだという印象を与えかねません。

海外のロゴでも、すべて大文字の「YAHOO!」や逆にすべて小文字の「amazon」や「intel」、真ん中の逆向きのR が特徴の「トイザらス」などがありますが、こういうロゴでも文章中では読みやすさから「Yahoo」「Amazon」「Intel」「Toys“ R” Us」(または「Toys RUs」)とつづるのが一般的です。

ロゴの形をそのまま再現しようという考えはかなり特殊で、それに慣れない海外からの旅行客には、案内サインや旅行ガイドの文章から飛び出す「ITOCiA」「mAAch」といった表記はとても奇異に思われても仕方ありません。ここでは、情報の発信者が受け手の立場を本当に考えているのかが問われています。

ここで参考に、東京都産業労働局が出している「国内外旅行者のためのわかりやすい案内サイン標準化指針*」を見てみましょう。この指針は「多言語対応の視点に関する記述を充実させ、工夫して実施された多言語対応事例を紹介」するとしてあります。その指針のウェブサイトから入手できるPDF 資料「国内外旅行者のためのわかりやすい案内サイン標準化指針:東京都版対訳表**」では、まず具体的な留意点が分かりやすく解説されています。対訳表の2ページに書いてある英語の文体についての注意を見ると、こうなっています(下線は著者)。

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このように、指針の冒頭では、大文字の使い方について英語圏での表記ルールを踏まえた注意がされています。ところが、地名・施設名対訳(4ページ以降)ではその表記ルールの優先度がぐっと下がってしまい、このような「すべて大文字」「ロゴ真似」表記の名称が掲載され、冒頭で述べられた注意が無効にされているような印象を与えています。特に、「AQUA CiTY」のアイを小文字にしているところなどは、 55ページで見た「ITOCiA」同様、違和感があります。

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以上の例を見ても分かる通り、「指針」と呼ばれるものの中にもまだ表記のばらつきがかなり見られます。より英語として自然な形に統一されていくよう、今後の更新に期待したいです。

* 東京都「国内外旅行者のためのわかりやすい案内サイン標準化指針」
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/tourism/signs/

** 東京都 「国内外旅行者のためのわかりやすい案内サイン標準化指針:東京都版対訳表」
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/tourism/755cb16a0906e4adb171e24f54471811.pdf

(小林章・田代眞理共著『英文サインのデザイン 利用者に伝わりやすい英文表示とは?』P.54-58より引用)

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