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連載小説 「邦裕の孤愁くにひろのこしゅう」第11話 進路でもめる二人

 健人はモデルの仕事をしているが、俳優になることが目標だ。東京で仕事があるときに、オーディションを受けている。
 演技や歌、ダンスのレッスンはもとより、日本舞踊やスタントマンのようなアクション、絵や、ピアノ、英会話、中国語の勉強。将来、演劇の仕事に関わることは何でもやっておきたいと、挑戦している。毎日忙しくしているのだが、一度も健人の口から愚痴を聞いたことがない。好きでやっているということもあるだろうが、普通の人の何倍も多忙なはずだ。
 何も目標がない邦裕からすれば、健人のことがうらやましい。

 邦裕の学校で、進路学習があり、自分のやりたい仕事や学びたい分野を調べるという課題がある。邦裕は、そのたびに困ってしまう。自分が何をやりたいのか、わからない。どうやってそれを見つけるのかもわからないのだ。クラスのほかの人たちは、適当でいいと気にもしていない。邦裕は自分の才能とか適性とか、そんなものはすぐに見極められるとは思えない。毎回、進路学習の時間が憂鬱だ。
 帰宅してそんな話を朱莉にすると朱莉は、
「ヒロ君は何か探してる?探す努力してる?」と言った。
「担任か!」邦裕が言うと、
「心配して言ってるんでしょ、そんなこと言うなら、知らん」顔を背けてしまった。
「ごめん、悪かったです」
朱莉は顔を邦裕に向けた。
「朱莉はどうする?」
「私は東京の大学に行く。いろいろクリアしないといけないけど」
「強いよねえ」
邦裕が感心して言うと、
「一度きりの人生でしょ、やりたいことに挑戦しないと」
邦裕の目を見て、
「ヒロ君は音楽じゃないの?」
「音楽で食っていく自信ないし」
「やる前から言ってたらダメでしょ。挑戦してみないと」
「音楽で食っていける人なんて、何万人に一人だろう」
「失敗を恐れてやらないなんて、どんだけ守りの人生?」
「言っちゃ悪いけど、あなた、守らなければならないものなんてあるの?」
邦裕は何も言えなかった。その通りだからだ。しかし、図星を指されると、反発心が湧き上がってきた。
「親はない、金もない、特別な才能やルックスも持ち合わせてない、俺は何を支えに生きていけばいいのだろう」
つい、言わないと決めていた愚痴を口走ってしまった。
「何もこだわらなくていいんだから、むしろ最高の条件じゃない?」
朱莉は同情すら見せずに、弱気な邦裕をたたっ切る言葉を返した。
「あなたの年で、何にも縛られず、自分一人の考えで生き方を決められるなんて、そんな人、いないわよ」
「分かった、考えるから、それ以上言わないでくれ」
「何よ、あなたが言い出したんでしょ」
邦裕は、それには返事せずに自分の部屋に入ってしまった。

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