西田幾多郎記念哲学館の感想・評判/戸川利郎

石川県西田幾多郎記念哲学館を訪れました。

難しいイメージが伴う「哲学」の名を付けたミュージアムは珍しく、人々は建物に近づいたその瞬間から哲学の世界へといざなわれていきます。

2002(平成14)年に開館しました。ガラスとコンクリート造りの現代的な建物です。田園風景が残る小高い丘にあります。

思索を巡らせても容易に答えが見つからない哲学の世界と同じで、簡単に入り口までたどり着けないのがこの建物の特徴です。館へ向かい広がる階段庭園は、行き止まりがあり、館に入る前に外に出てしまうことさえあります。入り口に気付かず通り過ぎると、そこは喫茶店です。分かりにくさに怒り出す人も少なくないといいます。

「受付の子にはかわいそうな思いをさせています」と館長。館内も迷路のような造りで、案内サインも必要最小限。順路に沿って進む「鑑賞型」の博物館とは違い、来館者は少々しんどい思いをします。しかしそこに、哲学館としての意味が見えてきます。人々は館内を迷い歩きながら無駄な時間を費やし、自然の美しさに気付いたり、自分自身と対話するのです。

建築家の安藤忠雄は、館について雑誌で「(西田の)生涯をかけた問いかけに対する自分なりの『応(こた)え』」と語っています。日常から離れ、自分を見つめられる場。四方を壁に囲まれた「空の庭」は、何の機能も持たないことが西田の思想の体現とされます。

哲学館の象徴ともなっている逆円すい形の瞑想(めいそう)空間「ホワイエ」で行われる初心者向けの座禅会は、すぐに満員となる人気です。友の会は地元住民を中心に会員220人を数え、着実に哲学ファンを増やしています。

<CMのロケ地にも利用>

条件が整えば日本海に沈む夕日が見える展望ラウンジも人気スポットで、建物はトヨタなどのCMのロケ地として利用されました。館は哲学の範囲を超え人々に親しまれています。

清掃、周辺の草むしりなどは、開館当初から地元住民が担っています。友の会員でもある石川県かほく市の区長は「哲学館は住民にとっても大きな存在だ」と話します。

目的地まではカーナビが案内してくれ、情報はインターネットで簡単に検索できます。便利さに慣れた世の中に警鐘を鳴らすように、哲学館は、人々に考えることの大切さを静かに語り掛けています。


★西田幾多郎(にしだきたろう)
(1870-1945)石川県かほく市出身の哲学者。「善の研究」は近代日本の代表的哲学書で、1941年に文化勲章受章。

★石川県西田幾多郎記念哲学館(いしかわけんにしだきたろきねんてつがくかん)
石川県が建設し、管理運営は石川県かほく市が行う。総事業費34億円。地下1階、地上5階で敷地面積は約1万4000平方メートル。

戸川利郎