カバー⑰

昨日は何を書いているのか自分でも良く分からない状態になってしまったので、今日は通常路線で行きたいと思います。

今日取り上げるのは原田知世さんの「September」です。

もちろんオリジナルは竹内まりやさんですが、この頃は自作曲は少なく、作曲は林哲司さんです。

前にもこのカバーには触れているのですが、その時は「作曲・編曲」という連載の中での話だったので、カバーという点からすると、「書き足りない」んですよね。

やはりどう歌うか、というのが大切ですから。

で、敢えて比較という意味で宮本浩次さんのカバーも聴いてみたんですよ。

テレビで見た時は間違って歌い直したりで大変でしたが(笑)。というかあれはほぼ放送事故でしょう。しかも出だしで躓いた時には歌い直しましたが、最後の方で間違えた時はさすがに歌い直せませんでしたね(笑)。

ただ、やはり原田知世さんの方がいいですね。というのもオリジナルとの違いがはっきりしているからです。

この曲ってある種「心情的ストーカー」的な部分があるじゃないですか。それを感情過剰で歌わず、そっけなく歌うことで、さらっとした曲に仕上げているんですよね。

竹内まりやさんの歌と対照的なんですよ。特に「さよならの国」のところなんて本当に素晴らしいです。こういう強めのフレーズはむしろこの歌い方が合います。

要はバランスの問題で、重いものに重いものを載せてもダメだし、軽いものに軽いものを載せてもダメな場合が多いのかと思います。

もちろん意図的にそういう手法を取る場合もありますが、特別ない意図がない場合は、あまりやらない方がいいと思います。

やはり聴き手の側からすると、バランスの取れている曲の方が聴き疲れしないですから。

もちろん聴き疲れしないことが音楽にとっていいこととは限りませんが、やはり「聴き手」の存在を意識するのであれば、ずっと聴き疲れする音楽を聴かせ続けるのはあまり良くないと思います。

音楽は基本「緊張」と「弛緩」なので、こういう要素が無くなってしまうことに繋がるからです。

そういう意味だと、「September」という作品、曲自体が軽いのに対し、重くなりがちな歌詞な歌詞が付いているので、そこに引きずられやすい要素が強いのですが、原田知世さんのカバー、そっけなく歌うことでバランスが上手く取れているんですよね。

もちろん、この歌もアレンジの力が大きいと思っていて、重すぎもせず、軽すぎもせず、といういい塩梅なので、曲、歌詞、アレンジ、歌が実にいいバランスに収まっていると思います。

オリジナルも、バランス自体は違っているのですが、曲、アレンジは軽めで歌詞、歌が重めなので、バランスはいいですよね。

如何せん、アレンジ自体は時代を感じさせるアレンジなので、その辺はやはりきついと思いますが。

でも多分あの時代では新しかったんだと思います。

曲は古くなることが無くても、アレンジは古くなっちゃうんですよね...。

ほぼ書きたいことを書いていて、読んでいただけることも期待していませんが、もし波長が合えばサポートいただけると嬉しいです!。