名前をおしえて
ヒトとは本能的に未知を恐れる生物であり、そして未知を恐れるがゆえに、それを克服しようとする本能ももつという。
あなたが何かに相対したとき、それに名前が付いていたならば、過去にヒトがその存在を知り、記録したということ。ヒトが認識し、区別ができるものならば、ヒトはいつかそれを理解して、克服することができる。
だから私達は「それら」と戦い、記録し、知ることで克服する。それがヒトの宿命だから。
……というのは100%受け売りで、私には高尚な話はよくわからない。たまたま「それら」、ざっくり言えば妖怪とか幽霊みたいな超常存在、を知覚できる体質で、それと戦える身体能力があって、そしてこの仕事の報酬金に飛びつく理由があった、というだけのこと。
だから今あなたがやってる事の必要性も正直よくわかってないんだけど。仮にそう口に出したら、果たして彼女はどう反応するだろうか。多分無反応だろう。
「終わったわ」
そんなことを考えているうちに彼女は記録作業を終えて立ち上がり、「それ」――人間を余裕で丸呑みにできそうなでっかいヘビ、彼女いわく「ウワバミ」の死体――に背を向けた。
長身長髪に眼鏡、どこか冷たい印象の美人。いかにも「優秀だけど近寄りがたいタイプ」だけど、実態はイメージ以上。
「おつかれさまー」
「……」
挨拶を無視してスタスタ歩いていく彼女。
彼女と組み始めて以来、すでに8体の「それ」を倒している。私史上最高のペースだ。彼女は相当な知識量があって、どんな相手でも一目見た途端に名前と弱点を言い当てる。この仕事の相棒としてこれほど頼りになる相手はいない。
だけど、彼女自身に関しては、趣味や出身はおろか、名前の一音でさえ聞けていない。
せめて挨拶くらい、いやまた無視されるのは。悶々としていると、別の気配が急激に近づいてくる。素早く刀の柄に手をかけた直後、彼女は信じがたい台詞を呟いた。
「あれは……何?」
【続く】
タイトル画像は フリー素材ぱくたそ(www.pakutaso.com) の物を利用しています。
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