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ユートピアは、本当にあるのか?『ここじゃない世界に行きたかった』

ここじゃない世界に行きたい、と思っていた。

転職して、今の仕事に就いてから丸4年。最初のころは慣れないことばかりの業務とついていけないスピード感に目が回りそうになっていた(もしかしたら実際に回っていたかもしれない)この仕事にも、今となってはすっかり慣れた。

慣れてみて気付いたのは、毎日毎日同じことを繰り返しているだけ、ということだった。

毎日、同じ業務を機械のようにこなす日々。退屈なルーチンワーク。仕事とは往々にしてそういうものなのかもしれないけど、これに残りの人生を捧げるのかと思うと目眩がしそうになる。


おかしいな、と思う。
前職の頃は地元に住んでいて、実家から職場に1時間かけて通っていた。仕事自体は楽しかったし人間関係も良かったけど、薄給な上にキャリアアップも望めないその仕事をするうちに、「これじゃない仕事がしたい、ここじゃないところに行きたい」と思うようになっていた。

そのなかで今の仕事に憧れて、仕事の合間を縫って必要な勉強に取り組んだり、転職活動をしたりした。そんなふうに苦しい思いをしながらやっと掴んだ「ここじゃない世界」。

年収アップの転職、実家からの独立、地元を出て新しい場所ではじめての一人暮らし(と言っても隣県だけど)、と申し分ない未来を手に入れたはず、なのに。

わたしはまたしても、「ここじゃない世界」に行きたくなっていた。



「ここじゃない世界」への憧れ

今回読んだ、塩谷舞さんの『ここじゃない世界に行きたかった』で語られているタイトルの言葉の意味は多分、煩雑な日常から遠く離れて、飛行機でしか行けないような他の国や遠い場所へ実際に身を移すことだったように思う。けれど、今の自分としてはこんなふうに、環境の変化を求める気持ちとして捉えた。


ずっと、「ここじゃない世界に行きたい」と願って生きてきた。
どこか遠い場所に行けば、この身体に付きまとうぼんやりとした憂鬱からも解放されて自由になれるものだと思っていたのだ。   ─p.257
私たちは「ここじゃない世界に行きたい」といまいる場所から離れてしまいたくもなるけれど、その遠い場所では結局、別の現実の中で人々が懸命に生きている。  ─p.70


塩谷さんは、実際にニューヨークに移住したり、アイルランドのダブリンで短期留学をしたりしている。そこでの生活は、海外で新たに暮らし始める人のあるあるなのかもしれないけど、文化や環境の違いに戸惑い落胆したり、振り回されたりすることばかり。本作では、その様子がありありと描写されている。

そこで気づくのは、「ここじゃない世界」を求めて遠くに行ったとしても、その先にもまた現実があるだけという事実。ユートピアを求めて自分の現実から逃避したつもりでも、逃避した先にも現実を生きている人たちがいるのだ。


もしかしたら、ここじゃない世界を願ってしまうのは逃げや甘えなのかもしれない、と思う。けど、ここじゃない世界に行くことは不安やリスクも伴うし、辛く大変な思いをすることはほぼ間違いない。単なる逃げや甘えで衝動的に行動を起こしたとしても、現実を生きることからは逃れられないのだと思う。

現状を変えるために身を移すなら、その先の現実もまっすぐ見つめてきちんと向かい合うこと、そこで自分に何ができるのかをよくよく考えてみなければならないのだと感じた。

わたしは今、書くことを仕事にしたいという夢がある。けど、その夢を現状からの逃避先にするのではなく、覚悟をもって向き合っていきたいと思う。

いつか、「ここじゃない世界」の景色を見るために。


「今」の世界と向き合うこと

このエッセイ集は、塩谷さんが自分の視点から見た世界を切り取り、そこから思考し、得た知見について書かれた23編のエッセイから成っている。

真の豊かさとは何か、美しくあるとはどういうことなのか、環境問題はいまどうなっているのか、他者と共存するために必要なことは何か、インターネット全盛時代にあふれる情報にどうやって向き合っていくか、など、考えさせられるトピックがふんだんに盛り込まれていた。

自分には一体なにができるのか?この時代を生き抜いていくために、何を考え、何を感じ、何を実行していけばいいのか?

塩谷さんの嗜好に触れていると、普段からいろいろと考えているつもりで、実は全然考えられていなかったことを思い知らされる。ここまで深い思考はできていなかったし、廃棄処分される安価な服の問題をはじめとして、全く知らなかった事実もあった。

だからこれからはきちんと世界を知って、いままで興味を持たなかったことに対しても「知る努力」をしていきたい、と思っている。ここじゃない世界に行ったとしても、そこが何の問題もない理想郷というわけではないし、全ての問題から逃れられる方法なんてないのだから。
それならちゃんと現実を知って、自分にできる小さなことからでも、変えていく努力をしようと思う。





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