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小山龍介 出版記念講演 『ケースメソッドMBA 実況中継|03 ビジネスモデル』(前半)

2020年9月25日に出版された『ケースメソッドMBA 実況中継|03 ビジネスモデル』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

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これをうけて10月15日、著者がアドバイザー/ファウンダーを務める一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会主催で出版記念講演(オンライン)が開催されました。この様子をお届けします。

ケースメソッドを体験してみよう

小山龍介(以下、小山):皆さんこんばんは。今日は本に書いていない背景をご紹介したいと思っています。書いてないと言いつつ、ちょっと匂わしているところもありまして、読んでいただくなかで「あっこのこと言ってたのか」と理解も深まる、そんな内容にしていきたいと思っています。

この本のタイトルであるビジネスモデルということもさることながら、実は、ケースメソッド。私が教員を務めている、名古屋商科大学大学院は、100%、このケースメソッドでビジネススクールをやっている日本では、本当に数少ない大学のひとつです。

ハーバードのビジネススクールでは、全部ケースメソッドです。事前にケースが配られて、ケースについて予習し、授業当日は賛否両論分かれるような議論を繰り返しながら、その議論の中で理解を深めていきます。

書籍を読まれた方はお分かりかと思いますが、この中でもそういうケースを紹介しています。そのケースディスカッションが実況中継として収録されているんですけれども、これはやっぱり経験してみないとわからないだろうなというところもありまして、今日は特別にひとつケースをご用意しました。

これは、あの本には載ってないです。載ってないどころか、最近ニュースになったものです。皆さんだったらどんな風に議論するのかというところからスタートしたいと思います。

あなたならどう意思決定する?

テーマはこれです。「焼肉の和民」。ニュースでご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。ワタミは、ミライザカなど、複数のブランドで既存の和民店舗を変えたりもしてたんですけど、居酒屋の和民も当然残っています。なんとそのすべての居酒屋の和民を「焼肉の和民」に変えるという決断を下しました。

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https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1280962.html

これはニュースサイトからとってきた文章そのままです。「ワタミでは 従来の居酒屋業態店舗から『焼肉の和民』への転換を加速し、2022年3月期末までに120店舗の出店を予定。新型コロナウイルスの感染拡大の影響により『新しい生活様式化の外食ニーズの変化に応える新業態』として焼肉の和民への移行を進める。」

居酒屋から焼肉にすることによっていったいどんなことが解決するんでしょうか。

「『焼肉の和民』ではオリジナルのブランド和牛、『和民和牛』を提供。牛本来の旨味やアミノ酸が豊富に含まれた低脂肪低カロリーのヘルシーな和牛を提供する。低価格にもこだわって食べ放題のコースは、3,000円、2,880円、4,380円の3種類が用意されています。看板メニューの「ワタミカルビ」は希少部位をこだわりぬいたバランスのタレをつけて390円で提供する。」

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https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1280962.html

ちょっと変わってるのは、ニューノーマルを見据えた非接触型飲食店として、料理配膳ロボットを導入するところです。「従業員との接触を抑制して従来の居酒屋業態に比べて、80%の接客減を実現する。ホール業務の効率化と新型コロナ感染拡大の防止策を強化する。」

この赤字部分だけ、私が書きました。「あなたにはこの業態転換に対する意思決定が迫られていた。賛成ですか。反対ですか」。もう4~5年経ってみると、答えが見えてきますが、今はまだこれがうまくいくのかどうかわからないですよね。ケーススタディで重要なのは、まだ答えがわからない状況に置かれたときに、その当事者になりきって、どんな意見を持ち、どんな主張をするか。その関わり方を問われるわけです。皆さんが優れた経営者であればここで 優れた経営判断ができる。難しい問題です。ビジネススクールの学生に聞いたとしても賛否が分かれると思います。

さて、今から4~ 5人のグループで、賛成か反対か、5分くらいで話してみてください。

賛否両論分かれます

では、どんな意見が出たのか伺いたいと思います。

Aさん:グループでは、こういう新しい業態、新しいタイプの焼肉屋さんにすることで、新しい顧客層が流入してくれば成功するんじゃないかという話がありました。私の意見としてはお酒の消費が増えれば成功するんじゃないかなと思います。

小山:賛成ということですか?

Aさん:個人的にはまだ成功するとは思えない。

小山:お客さんは移ってこないんじゃないかと?

Aさん:そうですね。お酒をここで飲みたいかというと、雰囲気が……。

小山:お酒がどうもキーになりそうだと。ありがとうございました。他にどうでしょうか。

Bさん:うまくいく可能性とうまくいかない可能性も両方あると思うんですけど、果たしてどれだけのターゲットがあるか。一気に焼肉に変えることが非常にリスキーだという会話をしました。

小山:具体的にはどんなリスクですか?

Bさん:あの規模の居酒屋を一気に焼肉に変えるということに対して相当な意思決定だなあっていう話をしました。

小山:そうですね。ちょっと言葉を変えて「ブランドイメージ」としましょうか。居酒屋から焼肉にイメージを変えるのはけっこう大変なことだと思うんです。(「牛角と言えば焼肉」のような)。そういうことも含めたリスクってことですかね。

Bさん:そうですね、客層が(居酒屋と焼肉店で)一緒かどうか。イメージがつかないです。

小山:はい。ありがとうございます。他にどうでしょうか。

Cさん:居酒屋さんというのはとても接触する、密が高いような気がします。また、今の居酒屋和民がどのくらいの値段かよくわからないんですけど、たぶん高くはないと思うんですね。そうするとお料理を作る手間も含めて、人手的に変わってきて、居酒屋よりいいんじゃないかなと。

小山:非接触だし手間がかからない。ありがとうございます。他に賛成意見の方いらっしゃいますか。

Dさん:和牛はコロナ前より相当安いです。だから、和牛を今から始めましたっていうだけでインパクトあると思うし、政府の施策としても和牛は優遇されています。送料無料ですし。(社長の渡邉さんは)政治家をやっていたので、そういう情報も事前に入っていたのかも。

あとは、グループでも皆さんおっしゃってたように、ワタミ社長のことだから様子見ながらいろいろ変化してやっていくんじゃないかなと。

小山:なるほど、政治力と社長の決断力ですね。ありがとうございました。

異なるレイヤーの種々の意見を構造化する

こんなふうに、ひとつの決断について、(本当はもっと時間をかけて)ディスカッションします。いろんな情報、レイヤーも異なる情報が集まってきて、一体どこに焦点が当たっているのかがわかりづらい状況になっていきます。

そこで何が必要かというと、ビジネスモデル・キャンバスです。

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ビジネスモデル・キャンバスを使うと、今のような議論が非常に構造的に見えてきます。ひとつはターゲット(CS)です。今までの居酒屋よりも明らかにボリュームは少ないんじゃないかと。ターゲットのサイズも変わるし、しかもそれがシフトしますよね。大学生や若いサラリーマンだったのが、家族やカップルに変わる。そうなったときに、本当にこれでいいのか。

また、その価値(VP)。たとえば牛角に比べて優位な価値が出せるのか。ワタミカルビは本当に優位なのか。それから、記事の中では触れられているのですが、ワタミというのは非常に良い立地を押さえています。思い浮かべていただくと和民の店舗って必ずその立地は駅前なんです。居酒屋としてお酒を飲んでもらえるような立地、チャネルがある(CH)。

値段は妥当かどうか。それからさきほども調達の話が出ましたが、パートナーが関わります(KP)。安く調達できれば、価値提案に生きてくる。コスト構造上、強みがあるんじゃないか(C$)。

というように、構造的に整備して議論ができます。

予習のときに、必ずさまざまな意見が自分の中で出てきます。授業が始まる前に、それをいかに構造化して整理するか。

新しい視点の提供で議論が深まる

いま、具体的な意思決定、賛成か反対かについて議論しました。ところがこれをずっとやり続けると、必ずといっていいほど、儲かるか儲からないかの議論に落ちるんです。そこで、講師としては、新しい視点を提供します。

「皆さん、儲かる儲からないという議論を繰り返していますが、ワタミのミッションは何でしたか。」

儲かればいいのか。さらに言えば、社会的な目的のなかで今これをやることって一体どういう意義があるのか。この部分が、議論していると後回しになっちゃうんです。

ワタミというのは(著作から読み取ると)、もともと「ありがとうをたくさん集める」ことを大切にしてきました。従業員が生き生きと働き(それがブラック企業だという問題もあるんですけれども、それはさておき)、従業員が活躍してその価値を提供して、「ありがとう」を集めていく。そこで「ロボットが配膳する」というこの仕組みが本当にワタミのやろうとしていた企業の目的と合致するのだろうか。

実は、この軸がずれていることに、大きな違和感を感じるんです。社会的にこれは本当にいいことなんだろうか。これをラダーアップといいます。大目的まで行ったらまたラダーダウンする、というように、具体的な決断から背景となる目的を見て、その目的が見つかったらさらにそこから、具体的に、この焼肉屋をどういう焼肉屋にしていくべきなのか。もしくは焼肉屋以外に選択肢を提供していくのか。今まで若者たちに居酒屋という場を、空間を提供していたのを、違う空間を提供するとしたらどんな目的があるべきなのか。こういった議論をここで深めていくということになります。

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ツールをいかに使いこなすか

さて、ビジネススクールというのは、こういった具体的なケースを予習として課しますので、理論については各自勉強してください、ということになります。あらためてその授業の中で理論を教えることはしません。

実はビジネススクールでは、各ケースにどのように理論を適用していくかを学びます。マーケティングの4Pとか、STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)、3C分析とかSWOT分析など、知っている前提で進みます。

理論を知ってそれをどう適用していくか。その適用していくところで、ツールとしてそれをうまく使いこなせていけるか。これがケースメソッドのすごく大きな役割、学びのひとつです。

ビジネススクールの背景にあるプラグマティズム

本の中でご紹介しているんですけれども、ケースというのはある種の思想的な流れからいうと「経験論」ということになります。あらゆるケースは経験してみないと分からない。ケースバイケースである。

イギリス経験論なんていったりしますが、イギリスは非常にシニカルです。EUという理念があって、世界は統合されるべきだ、通貨も統合する、と。ところがイギリスだけポンドなんですね。EUからも離脱しますよね。

経験論の人たちからすると、理念にみたいなものは非常に疑わしい。それはケースバイケースということで、その場その場で違ってくるはずだから、と、経験論に基づいて判断する。

「ケースを扱う」というのは、経験論の背景を持っているということができます。

一方、経営理論が見つかった、この理論に従ってやれば必ず成功するみたい考え方が合理論です。演繹的にも「この理論があるので、こうなる」と。もちろんこれはかなり怪しいですよね。 怪しいんですけど、ただ一方で、ある程度理論に基づいて判断できるような領域も当然あるわけです。

経営理論は勉強した方がいいんですけれども、ビジネススクールがポジションをとっているのは「理論も重要だけど現実世界でちゃんと役立たないと理論としての価値はない」。これはプラグマティズムという考え方です。

プラグマティズム、実用主義なんて呼ばれたりするんですけど、理論が世の中に役立つということがあれば、その理論は有用である、ということです。

宗教を例にとると、宗教上の物語がある種フィクションであることは誰もが知っています。言葉を選ばずにいうと、フィクションに基づいたその宗教の概念が間違っていることも知っています。

ところがプラグマティズム的にいえば、それによって世の中が良くなったり、またそれによってより豊かに人生を過ごすことができれば、宗教もまた正しいのである。そういうふうにいえますよね。

ちょっと話は脱線しつつありますけれども、要は、ビジネススクールというのはとことん正しい理論を追求するところではない、ということです。

ビジネススクールの思想の背景にあるのはプラグマティズムであり、ケースディスカッションは、個別対応を知ることが目的ではなく、個別解に理論が適用できるのかどうかをチェックし、そのことによって理論が正しいことを知り、理論を道具として使えるように身につけていくための方法なのです。

今回の例でいうと、ワタミが焼肉店になろうが、豊かになろうがその答えを知ることに意味はなく、決断のときにどんな理論がどんな風に適用できるのかを学んでいく。こがビジネススクールでの学びということです。

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ビジネスモデルは、戦略と戦術を橋渡しする

これは本の中でも書きましたけど、この上位、中位、下位のレイヤー分けは非常に重要で、ものごとを認識するのにとても便利です。経営戦略という上位概念があります。中位にビジネスモデルがあります。下位には実際のビジネス上の実務、実施がある。

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こう考えると、ビジネスモデルというのは、中位に位置づけて戦略という上位概念と戦術をつなぐ橋渡しになるもので、そのビジネスモデルという考え方そのものが中位にあるということは、ビジネススクールがその背景としているプラグマティズムにも合致している。

ビジネスモデルというのは、ある側面から見ると理論なんです。でもある側面からするとツールであり、それを現実に適用して有用な道具になるという側面を持っています。そういうところがビジネスモデルのおもしろさであり、またビジネスモデルをビジネススクールで教えることの重要性にもある。

必ず現実の世界のあらゆる事業がビジネスモデルとして把握できるという意味では、現実に地に足のついた議論ができる非常に有用なツールだと思ってます。そういうことも含めて、ケースメソッドの教科書の中にこのビジネスモデルを書けたことはすごくよかったなと思っています。(後半に続く)

小山龍介
株式会社ブルームコンセプト 代表取締役
名古屋商科大学ビジネススクール 准教授
京都大学卒業。大手広告代理店勤務を経て、MBAを取得。卒業後、松竹で歌舞伎をテーマに広告メディア事業、松竹芸能で動画事業を立ち上げた。2010年、株式会社ブルームコンセプト設立。2018年、京都造形芸術大学(現 京都芸術大学)大学院MFA(芸術学修士)取得。
著書に『IDEA HACKS!』などのハックシリーズ。訳書に『ビジネスモデル・ジェネレーション』。
小山龍介のビジネスモデル講義

(講演:小山龍介/編集:片岡峰子)


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