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さよなら"自動車都市":COVID-19によって本格化する「市民中心の都市づくり」 【NGG Research #3】

第3回目を迎える「blkswn NGG Research」のテーマは「都市」。COVID-19のパンデミックは私たちがこれまで「当たり前」としてきた様々な常識、前提、日常に揺さぶりをかけているが、私たちが暮らす都市もその「当たり前」が揺さぶられているものの一つだ。だが、私たちがこれまで「当たり前」としてきた都市とはいったい何だったのだろう。COVID-19のパンデミックをきっかけに世界各国で加速する都市の変革と、1960年代に遡って、ニューヨークの都市計画と戦ったジェイン・ジェイコブズが提示したビジョンをもとに、アフターコロナの都市を考える。

Photo by Bruno van der Kraan on Unsplash
Text by blkswn NGG research(Kei Harada)

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都市はこれまでとはまったく違ったものになる

人類は未曾有の感染症に直面している。多くの都市は閉鎖され、市民の外出が禁じられており、日常生活を支えていた様々なサービスも停止を余儀なくされている。多くの工場が稼働をストップされ、都市に溢れていたホワイトカラーの会社員もリモートでの作業に切り替えられた。

皮肉にもこの状況下で、市民はT型フォードの普及以降初めて、自動車が走っていない都市を目の当たりにしている。ロックダウン期間中、市民はそれまで自動車が占領していた道路を自転車で移動するようになり、散歩をするようになった。COVID-19のパンデミック以前にも、北欧の都市やバルセロナ 、アムステルダムなどでは、街の中心部での自動車の走行を制限する、「Car Free City」のような構想はあったが、これほど多くの市民が街から自動車が消えていく様子を同時に目撃するのは、これが初めてのことだろう。それまで当たり前とされてきた、自動車と人で埋め尽くされる都市とは大きく異なる姿に市民は向き合っている。

「道路はただの効率的なトラフィックスペースであるばかりでなく、パブリックスペースになりうることに多くの人が気づきはじめている。システム全体を見直さないと実現のチャンスを逃すことになる」

ロックダウンは行政府にとっても都市のあり方を見直す絶好の機会になっている。大気汚染や人口集中、交通渋滞といった課題に悩まされてきた都市にとっては、いまが解決に踏み出す絶好の機会であり、自動車をベースにした都市から市民の健康やQOLの向上を軸においた都市計画への移行が急速に進められているのだ。とりわけ、パブリックスペースを市民の利益のために活用する工夫が様々な都市で検討されており、ロックダウン後の都市が以前に比べてクールな姿に生まれ変わっている可能性も十分にあり得る。

パリやミラノでは、大気汚染の改善のためにロックダウン後も自動車の通行を禁止することを計画しており、ソーシャルディスタンス維持のために、車道を閉鎖して、歩行者用通路や自転車用通路を拡充する方針だ。
2041年までに自動車の移動を2015年の37%から20%まで減少させ、市民の健康やQOLの向上のために歩行者用通路の体験の向上を目指しているロンドンでは、自動車の通行禁止区域をさらに拡大して、歩行者用通路や自転車用通路を拡充する予定で、6月には電動スクーターの通行も合法化する方針を発表している。

パリ市長のアン・イダルゴは、ウイルスの封じ込め期間に導入された、汚染防止および渋滞対策を維持する計画を発表した。「自動車がもたらす大気汚染は、健康上大きなリスクがあり、コロナウイルスと結びつくことによって更なる危機をもたらす。状況を悪化させる可能性がある場合、車が街の中心部を走ることはあり得ない」
イギリス政府は6月に道路での電動スクーターの使用を合法化し、バスや地下鉄に代わって、ソーシャルディスタンスをできる移動手段として奨励することを発表した。

パブリックスペースの活用例として最もユニークな事例は、リトアニアの首都ヴィリニュスにある。ヴィリニュスでは、バーやレストランの営業再開に向けて、店内が狭くソーシャルディスタンシングが困難な小さなバーやレストランに対して市内のパブリックスペースでの営業を許可することを発表した。営業申請が可能な場所はヴィリニュス大聖堂前の広場などの特別な場所も含めて18箇所あり、162の中小企業が申請を出しているようだ。同じ方針はアメリカのニューヨーク、フィラデルフィア、フロリダでも検討されており、パブリックスペースを有効活用する様々なアイディアが生み出されている。

紹介した例のほかにも、ヴィリニュスでは使われていない空港の駐機場でドライブインの映画館を開くことを許可。また、サンフランシスコは、公共のゴルフコースを一時的に公園に変えた。「私たちは、より持続可能な都市の未来についての、リアルタイムの実験室にいます」(英国リーズ大学・Paul Chatterton教授)

ニューヨーク市長が発表した、一部の車道を封鎖して道路をレストランやバーの営業のためのスペースとして活用するアイディアに応えて、NobuやCatchなどの高級レストランのインテリアを手がけた建築設計事務所「Rockwell Group」は、モジュール式の屋外ダイニングキットを開発した。また、アムステルダムのアートセンター「Mediamatic」は、アムステルダムのウォーターサイドで、ソーシャルディスタンスを保ちながら、透明な温室でディナーを楽しむ新たなスタイルを提案している。

上:「Rockwell Group」のデザイナーDavid Rockwellとチームが開発した、モジュール式の屋外ダイニングキット。下:「Mediamatic」が提案した、ソーシャルディスタンスを保ちながら、温室でディナーを楽しむ新たなスタイル。

自転車の黄金時代?

ヨーロッパやアメリカでは、ロックダウンをきっかけに、公共交通システムの保護、公衆衛生の向上、大気汚染の改善などを目的に、市民の自転車での通行をサポートする仕組みが急速に整えられている。

ベルリン、パリ、ブリュッセル、ミラノでは、無料の自転車修理やサイクリングのレッスンプログラムが用意され、将来も使用される自転車用のインフラの整備に加えて、「コロナサイクルウェイ」と呼ばれるポップアップの自転車レーンも展開している。

フランスでは、最大50ユーロの無料での自転車修理、無料のレッスン、自転車駐車場を利用可能にする計画が発表され、イギリス政府は、自転車をはじめとする、緊急の交通手段の整備に、2億5000万ポンド(3億7,700万ドル)の基金を設けることを発表した。この基金により、ポップアップの自転車レーン、サイクリング用の保護スペース、広い通路、安全な交差点などの整備が見込まれている。また先月、スコットランドでは、政府がサイクリストへのサポートを含む「Active Travel Infrastructure」の整備のために、1,000万ポンドの予算の追加が発表された。

ローマは、ロックダウンの解除におけるフェーズ2へ移行するときに、150 kmの自転車レーンを展開する予定で、バルセロナは、自転車用のスペースを作るために、21kmに及ぶ道路から駐車場を取り除いた。ハンガリーの首都、ブダペストでは 、ポップアップの自転車レーンを作り、自治体が運営する、シェアサイクル「BuBi」の価格を下げることを発表した。英国のレスターは、地元病院へのポップアップの自転車レーンを作り、マンチェスターでは。ポップアップ自転レーンと通路の拡張に500万ポンドの予算を確保している。

ニューヨーク市長のビル・デ・ブラシオは、今月末までに少なくとも40マイル(64 km)の道路の使用を歩行者とサイクリストに制限し、100マイルまで拡充することを、今後の目標とすると述べた。

大気汚染とCOVID-19による死亡率の上昇を結びつける研究も明らかになり、大気汚染の改善と市民の健康を増進するソリューションとして、自転車はいま大きな期待を集めている。ヨーロッパでは自転車が記録的な売り上げを記録しており、自動車道路の付属品でしかなかった、自転車用通路は、ロックダウン期間中の市民にとって欠かせないライフラインとなっている。

上:ロックダウンをきっかけにヨーロッパの都市は、自転車に関するインフラを作り直すチャンスを得た。都市における大気汚染の高いレベルは、過去のものになる可能性が高い。下:大気汚染とCOVID-19による死亡率の上昇の関連を発表した、ハーバード大学の研究。

自動車メーカーの利益は国の利益

都市を考える上で生じる難しさのひとつは、「わたしたち」という主語がはっきりとしないことだろう。「私たち」が暮らす街を考える時に、「わたしたち」として、引かれる境界線は人によって異なるだろうし、時にその境界線の引き方に深刻な対立が潜んでいることもある。

2005年にアカデミー作品賞を受賞した映画『クラッシュ』は、ロサンゼルスで起こる1つの交通事故を軸に都市に潜む人種、経済格差、ジェンダーといった対立が顕在化され、市民の間に様々な衝突(クラッシュ)が起きていく様子を描いている。都市には多種多様な人が暮らし、必ず見知らぬ人がいる。だが多くの場合、都市を考える時は自分と比較的近い生活環境で暮らす人々のことが「私たち」としてイメージされる。戦後の都市開発は、長い期間に渡ってこの「私たち」という定義が宙吊りになったまま進められ、そうして誕生した都市が当たり前のように受容されてきた。

20世紀、とりわけ戦後の都市計画は自動車とともにあった。1908年にT型フォードが登場して以来、自動車は最も経済的な移動手段となり、瞬く間にその数を増やした。自動車はそれ以前の移動手段だった馬に比べて、ずっと効率が良く、スピードも速かった上に、全国で幹線道路や高速道路が整備されたことで、国を結ぶ物流網はより効率的になった。

戦後社会において、アメリカを中心とする西側諸国では自動車産業が国家の重要な基幹産業の一つとして位置付けられていた。加えて、柵で囲まれた庭付きの家に住み、自動車を所有することが、中産階級の人生のゴールとして価値観が共有されていたため、自動車道路を整備して都市生活を豊かにするという考え方は、市民の利益ともある程度は結びついており、同意可能なものだった。戦後のニューヨークの都市開発を進めたロバート・モーゼスは「GMの利益はアメリカの利益」とまで述べ、半ば強引に自動車を中心においた都市開発を進めていった。

ニューヨークでは「自動車ドリブン」な都市開発が進められたことにより、同時に様々な問題も発生した。交通網を改善する旗印のもと、幹線道路や高速道路が街を横断する計画が立てられたことで都市は分断され、道路の建設によって地元コミュニティが破壊された結果、貧しい地元住民は郊外への立ち退きを余儀なくされた。幹線道路や高速道路は役人が開発したいエリアをもとに建設が行われるため、大企業の利益のために地元住民が犠牲になる構図はとりわけ批判が大きかった。ピクサー映画『カーズ』で主人公ライトニング・マックィーンが流れ着く街「ラジエーター・スプリングス」も高速道路の建設によって、街に活気が無くなりさびれてしまったという設定だ。

戦後のアメリカを中心とする西側諸国の都市計画において、「私たち」とは、中流階級の白人と自動車産業のことを指していたのである。モーゼスは、彼らの利益を最大化する最も合理的な方法で都市開発を進めたのだ。

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Photo by Jonas Denil on Unsplash

J・ジェイコブズの〈ストリートの4原則〉

モーゼスの進める都市開発に真っ向から反対したのが、当時ニューヨーク在住の雑誌編集者、ジェイン・ジェイコブズだった。ジェイコブズは、1961年に『アメリカ大都市の死と生』を出版し、大きな反響を呼んだ。『アメリカ大都市の死と生』では、人々の相互関係や公共空間での活動などに注目し、「生活者の視点」から複雑に秩序だった都市のあり方を考察している。

ジェイコブズは当時のアメリカの単純で機能主義的なアーバニズムの都市計画に対して批判を展開し、都市における多様性と人々の相互作用の重要性を強調した。街路や地区に多様性をもたらす4原則について、ジェイコブズは以下のように述べている。

1. 全ての地区に複数の用途がある
その地区や、その内部のできるだけ多くの部分が、二つ以上の主要機能を果たさなくてはなりません。できれば3つ以上が望ましいのです、こうした機能は、別々の時間帯に外に出る人や、ちがう理由でその場所にいて、しかも多くの施設を一緒に使う人々が確実に存在するよう保証してくれるものでなくてはなりません。
2. ひとつひとつの街区の辺の長さが短い
ほとんどの街区は短くないといけません。つまり、街路や、角を曲がる機会は頻繁でなくてはいけないのです。
3. 古い建物と新しい建物が混在する
地区は古さや条件が異なる各種の建物を混在させなくてはなりません、そこには古い建物が相当数あって、それが生み出す経済収益が異なっているようてなくてはなりません。この混合は、規模がそこそこ似通ったもの同士でなくてはなりません。
4. 人口密度をできるだけ高める
十分な密度で人がいなくてはなりません。何の目的でその人たちがそこにいるのかは問いません。そこに住んでいるという理由でそこにいる人々の人口密度も含まれます。

多様性と人々の相互作用が生み出す秩序の重要性を説くジェイコブズにとって、住居、職場、娯楽施設などの生活機能を切り離して、空間を再編成しようとするモーゼスの都市計画は、活気ある都市の生活からソーシャルキャピタルが失われ、人々の孤立を招く計画として、看過できるものではなかった。ジェイコブズが戦った、「自動車ドリブン」な都市計画は、大衆のアメリカンドリームを支える重要な計画だったが、全ての人に利益をもたらすものではなかった。自動車を所有しない人々は街から疎外され、排気ガスは大気汚染や健康被害などの問題を引き起こした。

さらには、短く入り組んでいた歩道や公園などの公共スペース、小さな商店街が車道の建設によって分断され、破壊された。ジェイコブズは決して机上の空論にとらわれず、実際に街を歩き、「生活者の視点」から洞察を重ねたことにより、これらのアーバニズムの都市計画の弊害に気付き、反対運動を続けたのである。

"誰も取り残さない"パブリックスペース

COVID-19がもたらした都市の変革は、いままで自動車に占領されていた車道を市民に解放し、道路や公園、広場などのパブリックスペースが、市民に寄り添った形で利用されるようになり、20世紀から続く自動車中心の都市から市民中心の都市へと一気に変えていくことになるだろう。

その際、鍵となるのは、「インクルージョン」という言葉だ。戦後の都市計画は、極めて「自動車ドリブン」なやり方で進められたが、そこから排除され、追いやられる人々も同時に多く生み出した。その結果、都市への機能集中と格差の増大が起こり、危機に弱い都市が出来てしまった。機能主義的に都市を分解し、足りない部分は外部から調達すればいい、というやり方は、もはや持続的なモデルであるとは言えない。

個人主義が蔓延する社会では、コミュニティで保存し、行使されていた価値を行政や市場サイドから調達しようと試みるが、ジェイコブズが述べているように、街の安全と安心を得るために、通りに監視カメラを設置して、ガードマンを雇うよりも、活気が溢れる通りを作り、自然と人々の目が通りに向くようにする方がよっぽど効果があるし、安上がりだ。

多くの先進国で「見えないパンデミック」と称される「孤独」のような問題も、従来の法律や制度では対応できない「狭間」に位置付けられることが多く、トップダウン型の解決策では対応しきれないと同時に、市場サービスにも分類できない問題である。地域の幅広いステークホルダーが協働して、「切れ目の無い支援」を考えていかなくてはならないこのような課題には、ジェイコブズが述べているように、人々の相互作用が重要であり、排除される人がいてはならない。21世紀の都市計画において、「私たち」はインクルーシブでなくてはならず、そこから漏れ出す人がいてはならないのだ。この考え方こそが、自動車中心の都市から市民中心の都市へと変革する上での根幹となる。

プライベートとパブリック

ジェイコブズは、人々の相互作用や公共空間での活動に目を向けたが、コミュニティへの自己犠牲を是認するような、偏ったコミュニタリアン的な発想を持っている訳ではない。ジェイコブズは、都市における人々の相互作用についても人々が「多くを共有するかゼロかという選択を強いられた都市」は失敗すること、さらに「よい都市の近隣は、自分の基本的プライバシーを守るという人々の決意と、周囲の人々からさまざまなレベルの交流や楽しみや助けを得たいという願いとで、驚くほどのバランスを実現しています。」と述べ、ユートピア的なコミュニタリアンを拒絶している。都市における相互性が機能するためには、むしろ行為の責任を負わないことをお互いに了承し合うことが重要だとするのだ。

「よい都市の近隣は、自分の基本的プライバシーを守るという人々の決意と、周囲の人々からさまざまなレベルの交流や楽しみや助けを得たいという願いとで、驚くほどのバランスを実現しています」(ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』鹿島出版会)

個人のプライベートとパブリックの領域がきちんと棲み分けられた上で、他人との相互作用が積み上げられていくジェイコブズの発想は、都市が不確実性を前提としたこれからの時代を生きていく上での重要なノウハウの一つであると言えるだろう。

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