かいだん。

これも、「はじめて借りた部屋」とは少々趣が違うかも知れない。

なんといっても自発的に借りた部屋ではなく、「新入社員は全員寮生活で!」という事情から、会社から一時間弱のところにある一棟借り上げのワンルームに入居することになったという話だからだ。
新入社員、会社から遠いとか地方から出てきているとかの人多かったしね。
私も実家から通うには少々遠かった。

社員寮の間取りは、大体8畳一間くらいのフローリング。狭いキッチンはガスコンロでもIHでもなく、電熱器…?バストイレ一緒。エレベーターなし。そして駅から坂を5分ほど登った先、という感じだった。近所にコインランドリーとか銭湯とかスーパーはあった。
入居前にこれだけ揃えてくれ、と一覧が渡されて冷蔵庫とか洗濯機とかカーペットとか寝具一式なんか揃えて…結構な出費だったと思う。

なんだかんだで、私はその寮をというか会社を一年ちょっとで退職してしまうのでその時に揃えた家財道具はもてあますことになったのは残念だ。

ここまでだと、「なんだ、普通のワンルーム暮らしの話じゃないか」と思われるかもしれない。しかし、このワンルームはおまけが付いてきた。

私の部屋は、階段脇にあった。
ベッドを階段と接する壁脇に置いた。置く場所がそこしかなかったから。
壁一枚挟んだ向こうは階段で、入居後しばらくしてから朝や深夜にその階段を行き来する人が立てる靴音が気になった。

やけに早朝に出ていくなあ、とか(ブラック気味だったから早朝出勤かな)
やけに遅くに帰ってくるなあ、とか(残業かな、飲み会かな)
……女子寮に男を連れ込むの、朝に階段で鉢合わせるの気まずいからやめてほしいなあとか。

とにかく、階段と壁一枚挟んだところで寝ていると、割と音が気になった。
ヒールで階段駆け下りたり駆け上がったり、転んだりしたら危ないなあ。
どうでもいいけどさっきからずっと往復してないかな、忘れ物でもしたのかな。
更にどうでもいいけど深夜早朝にやられるとこっちは眠いんだ!壁ドンしていいかな!いいよね!!ドン!ドンドンドン!

入社して一年経ったか経たないかというときに、かつてそこが女子寮でなく男女共同での寮だった頃に住んでいたことがあるという男性上司に、雑談がわりに話を振ってみた。

「実は、かくかくしかじかで早朝や真夜中にヒールで階段を駆け上がったり駆け下りたして往復してる迷惑な人がいるんですが、総務とかに言ってどうにか注意してもらえないでしょうか。非常に安眠妨害されているんです」

上司は、「え?」という顔をした。それから困ったように告げた。


「katzeさん、実はあの寮って、『出る』んだよ……」

なるほど、総務とかで対応してくれそうな問題ではないようだ。
それから退職までの日々、私は足のない存在の靴音(理不尽)に安眠妨害されつづけるのを我慢しなければならなかった。

一人暮らしの部屋の思い出って、こんな感じ。

サポートしていただいたものは主に食費や書籍代などになります。