ショーゴさんとタケルくん(1)愛の定義

「それじゃあキミは嘘ばっかりついてるんだ」

 イライラしているときは笑うようにしている。そう言った時、その頃恋人だった女が言った言葉だ。そいつは続けて「そんなのなんだか悲しくなっちゃうな、だってキミが笑ってる時、ほんとに嬉しいのか苛々してるのか、わからないわけでしょう」そのままの話の流れで俺たちは恋人同士ではなくなった。だからそれは俺たちが恋人同士だったときの最後の会話であり、その一連の流れはもう忘れてしまったのに、俺はその台詞だけをおりにふれて思い出す。ふざけんじゃねえよと思ったけれどその時俺は笑っていたし、そこで机を叩いて怒った彼女の気持ちも、わからなくはなかった。

 ふざけんじゃねえよと俺は思った。俺の怒りは俺だけのものだ。そして俺の笑顔もおまえのためのものなんかじゃない。俺の感情も、俺のあらわす気持ちもあらわさない気持ちも、すべて俺ひとりのものだ。俺はそう思ってひどく苛立ち、そのまま、そいつと二度と会わなかった。

 たぶん俺は冷たい人間というやつなのだろう。

 俺はコンビニでバイトをしている。高校を出てからもう二年おなじ店で働いていて、いまは店長候補として指導をうけている。コンビニは好きだった。天職だと思った。俺の笑顔の裏になにが隠されていても、いや、うまく隠されているからこそ、俺の笑顔はそれ自体に価値があるのだ。その笑顔なら、俺は客のひとりひとりに、レシートの上に載せてくれてやってもいいと思った。スマイルぜろ円、ってやつ、まさにそういう感じで、俺は笑顔をみんなにばらまいてまわる。

 コンビニってのはわりに先の読める仕事で、実は俺はあんまりふだん仕事では苛々しない。おなじやつがやってきておなじものを買っていく。そのおなじみのひとりが、そいつだった。そいつは俺とまっすぐに目を合わせて、いつも、にやりと笑ってみせるのだった。俺は正直そのとき、そうだな、一日のうちそのときだけと言ってもいい、いらいらする。でも俺もにこにこと笑い返して、スポーツドリンクといっしょに、ポテトチップスコンソメパンチ味やのりしお味を袋につめて渡す。俺たちの毎日の交流。ポテトチップスばっか食ってんじゃねえよガキ。

 そう、そいつはたぶん年下のガキで、たぶん高校生で、たぶんなにかスポーツをやっている。首にまいたタオルとジャージでそれとわかる。そいつは息せき切って店にやってきて、俺をレジや棚の間に認めるとにやっと笑う。俺も笑い返す、内心いらいらしながら。そいつはまずスポーツドリンクを選び出し、それから弁当の棚をめぐり、そこをふらふらしたあとでけっきょく菓子のコーナーにうつり、ポテトチップスを買う。スポーツドリンクとポテトチップスって食い合わせ悪くねえか、と俺は思うんだけど、まあ、客の趣味だ。毎度ありがとうございます。

「あ」と、毎度の笑みを交わしたあとで言ったのは、正直、失敗だったと思う。聞き流してくれりゃいいのに、そいつはへらへらと笑いながら俺を見て、「なんですか?」と首をかしげた。

「や。新商品。ポテトチップス、うちの自社商品ですけど、新しいの入ったんで、よかったら、えーと」言葉を切る。俺はコンビニの無個性なとこが好きだからこういうのホント嫌いなんだけど。「サンプルあるんで、もってきませんか。お金いらないんで」だから、コンビニ三年目のくせにしどろもどろみたいになってしまって、俺は更に苛々した。だから俺の笑顔をますます冴え渡っていたことと思う。

「え」スポーツポテトはばっと散らかるような勢いで笑い、「まじすか、あざーす!」と言った。俺はこういう、言葉を途中で省略する、体育会系特有の喋り方が大嫌いだ。だからいっそうにこにこと笑い、「ポテトチップス、好きなんですよね、いつもありがとうございます」と勝手に口を動かした。有能すぎてやんなるね。

 いつものスポーツドリンクを手にしたスポーツポテトは俺にドリンクをわたし、俺の差し出した袋を、直角にお辞儀をしながら、受け取った。そして、へらっと笑い、「かっこいいっすね」と言った。は?

「はい?」

「いつも笑ってますよね。笑ってないとこ見たことない。それ、すげーかっこいいなって、ずっと思ってました」

「はあ。どうも、ありがとうございます」

「また、明日も、この時間、いますか」

「はい」

「そしたら俺に、明日も、笑いかけてくれますか」

 なんだって? 俺は笑ったままでいて、でも、苛々はしていなかった。俺はぽかんとしていた。俺はびっくりしてぽかんとしたまま、「ええ。はい」と言った。スポーツポテトはにかっと笑った。

「また明日!」

「あ、ありがとうございました」

 手を振って、スポーツポテトは走って店を出て行く。あーあーあんなに振り回すんじゃねえよせっかくやったポテトチップスが割れちまうだろうが。そう思いながら、

「……また、明日」

 俺は、笑っている。


 いつでも笑ってるのがカッコいいと思っていた。

俺はバスケットボール選手で、高校二年生で、スターティングメンバーとして 試合に出ている。かっこいいだろ? 俺は自分のこと、かなりかっこいいと思ってる。同世代のなかじゃピカイチにかっこいい。なぜって俺は笑っているからだ。

「でもショーゴさんにはかなわねえなー」

 言いながら背中にはりつくと、ショーゴさんは「ぶわっ」と言って態勢を崩し、それから、くっ、くっ、くっ、と、含み笑いをもらした。やべ。

「ご、ごめんなさいショーゴさん、俺あの、すいませんビール中!」

「うるせえ死ね」

 俺が背中にとびついたせいで、ショーゴさんのあぐらはびっしょり濡れていて、「おもらししたみたいっすね」と言うと思いっきりはたかれた。俺は部活ではたかれ慣れてるから、ショーゴさんの細腕(って言うと怒る)ではたかれたからって、なんてことないけど。

 はたいてる時も、ブツブツいいながらとんとん叩いて畳のしみぬきしてる間も、ショーゴさんは笑っている。

 ショーゴさんは怒ると笑うくせがある。もっとも、本人はそういうけど、実際はどんな感情も笑顔でしめしている、というのが正しい。よく読み解けば、ショーゴさんはすごくわかりやすく、感情を表現している。でも笑うんだ。どんな時でもそういうとこすげえカッコいいと思ってる。

 俺は、試合中、ずっと笑って立ってたいって、スタメンになったとき、そう決めた。だって俺は、ベンチのやつらのみんなの代表で、みんなができないことをやってるからだ。それが悲壮な顔してやってたら、応援する側だって、しんどいばっかりだろう。だから俺はがんばって、ふだんから笑ってばかりいるようにした。ふざけてんのかって叱られたこともあるけど、最近は俺が笑うと、みんなも笑う。俺たちは笑って、そして勝つ。

 そんなこと胸にさだめたばかりの頃に、ショーゴさんのいるコンビニに、はじめて入って、ショーゴさんに会った。

 俺はいまでは部活のあとにショーゴさんの家にやってくるようになった。ショーゴさんてガード硬そうだし本人も俺は神経質だからっていうわりに、俺にはガードゆるゆるで、そういうの意味わかんない、うそ、ちょっとわかる。つまりそれはみんなが試合中笑うのと同じで、つまりそれは、ラブだ。そうですね?(って言うとたぶんはたかれるけどね)

「ほんとすいません一日一本のビール中に。俺のコーラのんでもいいです」

「いいですじゃねーよなに勝手に置いてってんだよ、こっちだって勝手に飲むよそんなもん。つーかおまえ今日かえんないの」

「あ、ハイ、とまってってもいい、で、すか」

「……いい、で、す、よ」

「明日は?」

「早番」

「ロード中、店、行ってもいいすか」

「おまえその語尾直せって。なんでくんの」

「ショーゴさんかっこいいんだもん」

「ハア?」

 はい、これは、うれしくて笑ってる顔です。

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ショーゴさんとタケルくん(1)愛の定義

哉村哉子

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