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越境3 ルーム904 その2

・△さんとのリレー小説です。前回「越境2

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 部屋にはだれもいない、そして、次の瞬間、全く予兆なしに彼はそこに「いる」。ここで扱われる彼という存在は承前における彼とはちがう存在である。彼は頭に布を巻きつけたはしから黒すぎるほどに黒い髪を垂らした少年で、いつも笑っているのかそれとも表情を浮かべていないのかわからない、目玉の色が把握しづらいようすをしている。ゆらゆらと揺れるように彼は一歩動いて、それから、首をかしげる。

「なんにもねえな」

 目を細めた東洋人がそこにいる。一瞬前まではいなかった少年だ。彼の名前はCánxuěといい、それを正確に発音できる人間は「ここ」に存在しない。そしてその名前が彼の本当の名前かどうかを判断する人間もここには存在しない。存在はしていないから、と彼は思う。それは「いない」ということと、同じことだ。

「なあ」

 彼は言う。彼はベッドに向かって言う。白い部屋、白い壁、白いベッド。

「おまえ、ここに何か置いたか?」

 彼は首をかしげる。

「へんだな。ルール変えたっけ? それともおまえがなんかイカサマでもやったか。そういうの困るんだよね。まあおれのやってることなんて別にルールなんてないようなもんだし、おれが『来たい』と思わせるようなものが、『ある』場所に、おれは『行ける』ってだけだし。テレポーテーションって知ってる? おれのはそれの、ルール付きのやつ、おれが行きたい場所を『ルール』で決めると、そこに行ける。おれを呼び出すためにはおれになんかしらのlǐpǐnをくれるっていうだけの、決まり、なんだけど――どうなんだろうなこれ。なんもねーよな? まあいいや。来ちゃったからにはしょうがない。だれから聞いたの、おれのこと? ……だんまりか」

 彼は、彼の頭のかたちを不必要なまでに大きく見せる布の上から、ぐしゃぐしゃと頭を掻く。そしてベッドを見おろしてしゃべり続ける。「おまえと同じくらい、まあもっとガキもいるけど、ここにいるのは全員、おまえと同じ男の子供。まあおれはそろそろ子供って歳でも、ないんだけどな、おれもそうだし、ほかにも……まあいいや。そういう感じ。おれを呼び出す新顔はたいてい、そういう話を聞きたがってる。そういうことでいい? 本当はlǐpǐnがもらえるはずなんだけどな、話をしたかわりに。ほかに聞きたいことは。ていうか」

彼の名前はCánxuěといい、それは溶け残った雪を意味し、別の表記をすると残雪、となる。彼の名前を正確に呼べる人間はここには存在しない。残雪は頭にシャツを破いた布切れを巻き付けていて、その下になにがあるのか誰も知らない。残雪は喋り続けている。

「おまえ、名前は?」

 部屋には彼の声以外何も聞こえない。

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・△さんとのリレー小説です。続き「越境4

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