駅の老舗チェーンのパフェ

「女の子の頭を撫でたらまずいって、ポアロさんいつ覚えたんですか」

「は?」

 彼は多重の意味で「は?」と、心から不審そうに言い、俺は若干気持ちがすっとした。そのあと罵倒されるだけだということがわかっていてもだ。

 しこうして彼は顔をしかめ、「おまえあてつけがましいよ」と言った。

「百回くらい聞きました」

「そんな言ったっけ」

「バカのふりしたって知りません」

「あのねえ……」

 小さく笑ったあとで彼は「いいけどさあ」と言う。良くない。全然良くないがこの男のこういうところが本当に許されないと俺は思う。ケーキに乗ったパフェは目の前の男に似ていると考えている俺の思考回路の方に問題があると俺だってわかっていないわけではないし、言っておくがパフェに似ていると言っているからと言って褒めているわけでは全然ない。断じてない。

 駅ビルの階層を移動して、レモンの香りのする水を飲みながら、俺はぼんやりと、この店の名物のばかでかいパフェをいっしょに食べることができたらどんなにかいいのになあ、と思っていて、ここは地獄だったし、この男がいる限り世界のあらゆるところが地獄だったし、おそらく死んだ方がいいのは俺だったのだろう。この男を殺すことが俺にできるわけがない。先輩にすらできなかったのだ。喫茶店は穏やかな空気できゃあきゃあと騒ぐ女子の声さえ環境音楽のように聞こえる。にもかかわらず俺は地獄にいる。

 目の前の男は俺の初恋の相手だ(多分)。

 第一に、俺は同性愛者ではない(多分)。オナニーは女の体相手でする。でも所有欲と呼べる感情を抱いたのはこの男が最初でそしてまずいことに最後である可能性が極めて高い。この男を殺したところで俺の人生は地獄だ。なぜなら永遠に手に入らない魂を、ウワッ魂だって気持ち悪ッ、永遠に手に入らないと気づいていながら手にかけることができるはずがない。そんなこんなで俺の熱病は恋愛とカテゴライズされるのかどうかすらあいまいなまま付き合った女子は皆よい子で俺のこのわけのわからない暴走をまじめに聞いてくれてそれでも大丈夫だよと言ってくれてやっぱりほんとはさびしかったなと言ってくれてなんなんだあの子たちはみんな天使か?  いつかそれでもキミを愛してくれる人が見つかるよなんて言って去っていった彼女とは結婚の予定を勧めているところだったのに俺はクズなので今日の何時にどこでこの男の目撃情報があったと聞けば即座にその後の動きを想定して先回りして肩を掴むし、その日にデートが用意されていても何ら関係はなかった。

 パフェに載っていたミントを噛みながら、俺は頬杖をついて、俺のパフェのメロンごしに、パフェグラスに突き刺さったチョコレートケーキと格闘している男を眺めている。デビルズケーキとグリーンアイドモンスター。ハハロマンティックかよ。ウケる。ウケない。うちの会社長く続いてるだけあって空気が古臭くて俺は他のポイントでは完全に点数を稼ぐことに成功してるけど結婚いいかげんしないと結婚もできないような男が出世とか無理ではみたいな、いつの時代だよみたいな、テンションが若干あるのだが結婚とか、ハハ。

「俺不誠実ですよね」

「カマッテチャンめ」

「さっきの続き言ってくださいよ。なに言おうとしたんですか」

「あ? あー……『ポアロさん』なんてアレも言ったことないし、一回ガチギレしたときにムッシューポアロって言われたけど普通に皮肉だし、この流れで女子の頭を撫でる撫でないとか俺は気にしないアピールか? される側かする側かどっちだ俺の頭を撫でてはくれるなよ? ていうかおまえ女子の頭撫でたことあんの」

「あるわけないでしょう」

「なんでそんな堂々としてんだ……」

 あー、と、息をついた男は、憐憫と諦念が混ざった、いつも通りの、そう、いつも通りの目つきで、俺のパフェのメロンをひょいと奪って食べた。それは頭を撫でるより量刑が軽いのか俺には判断できない。この男は人間に触れるということをしない。つまりそれが始まるまでは。

 そして始まるとしたらそれはすべて憐憫だった。

 病気だ。

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