表紙依頼のお作法

 この世には大きく分けて読み専の腐女子と二次創作を作る方の腐女子がおり、そのうえで絵を描く腐女子と文章を書く腐女子に大別されます。そのほかアクセサリーを作る腐女子やそれ以外の作品活動を行う腐女子が存在するわけですが、今回の論点は腐女子の分類ではありません。

 漫画を描いたり小説を書いたりする腐女子は往々にして同人誌を出すに至るわけですが、そこで「原稿依頼」が発生することがあります。あわよくば大好きなあの作家さんにゲスト原稿を依頼したい。特に多いのが表紙を依頼したい小説書きのシャイな懊悩だと思われます。またイラスト描きさんの側にもあわよくばあの人の表紙を描きたいという甘酸っぱい感情が小説書きが思っているより高頻度であるようです。思いを寄せ合う人と人の心の揺れはどこに行ってももどかしく切ないですね。

 さて、描きたいイラスト描きさんと描いてほしい小説書きがいるからそれでマリアージュするかというと、なかなかそうはいきません。みんなそうなりたいのですが、なかなかうまくいきません。

 なぜなら、「たしかに描きたいけどおまえじゃない」「たしかに描いてほしいとは思ったがおまえじゃない」という残酷な現実は人と人が心を寄せ合う全ての関係性において普遍的に共通しているからです。


 端的にまとめると表紙依頼を含む原稿依頼で発生する可能性があるデメリットはこうです。

・「みんなのアイドル人気絵師を占有した罪」において村八分を食らう

・締切感覚や発注内容の食い違いそのほか普通に喧嘩した等によって関係が悪くなりドタキャンされる、あるいはなんとか発生したとしても罪なき同人誌の存在がスゲー微妙になる(経緯をうっかり知ってしまった読み手さんもスゲー微妙な気分になる)

・「いつも頼む絵師」が固定で決まってしまった場合、「ほかの人に頼むといつもの絵師との関係が微妙になる」という、いわゆるわたしよりあの子がいいの現象が発生する

 女性向け同人界隈というのはびっくりするほど繊細な人間関係で構築されており、「自分はどういう立場にいるか」と「依頼した結果自分の立場がどうなるか」のリスクヘッジができている、あるいはどうなっても構わないと腹を括っていない限り原稿依頼とくに表紙依頼は意外とハイリスクです。たった一冊の本がジャンルの切れ目になる、そんな原稿依頼もある……。


 そしてこれを踏まえた上での原稿依頼において求められるのは「断られる可能性」と「リスク」を把握したうえでワンチャン狙いに行く能力。

・別に断っても大丈夫なんだけどでも頼めるなら頼んでもいいかなくらいのテンションで明るくさらっと行く

・断られたらさらっと流して、決して断られたエーンみたいなことは、少なくとも本人が見るかもしれない場所では決して言わない(せめてLINEか身内用の鍵垢とかで言おう!)、相手の罪悪感や反感を煽らないでおけばもしかしたら次回のワンチャンが在り得るかもしれない

・ぎりぎりで逃げられた時のために表紙は別で用意しておく、逃げられるというと言い方は悪いですが向こうの生活の事情で絵を描いてる場合じゃなくなる可能性は絶対にあるので代案は用意しておいたほうが良い、なおたとえドタキャンだとしても別のイラスト表紙がサッと出てくると先方が気を悪くする可能性が高くその後の関係に響くのでイラスト表紙は諦めてデザイン表紙にしましょう


 面倒くさいですね。世の中のたくさんの小説書き腐女子がたとえジャンルが違っても親しい友人に資料を押しつけスクショを圧縮フォルダで送りつけて無理矢理発注する理由がお分かりいただけましたでしょうか。

 つまり最大の近道は落したい絵師(もしくは小説書き)と友達になりあそこは友達だから仕方ないね超仲いいもんねていうか普通にジャンル前から友達だったんじゃなかったっけ? アレ? みたいな空気までもっていくことです。たとえ下心があったとしても超仲良くなる過程で相手のことが絵とか関係なく人間的に好きになっているので生活が大変な時は気が使えるしいいよ表紙なんかいいからそっち優先しなよ今度描いてねとか、絶対表紙使いたいから待つから落ち着いたら出そうねとか言えます。


 原稿依頼は……政治……。


 以下はケーススタディです。実在の人物です。ネタにしてごめん。

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