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才能を考えるということ


才能とは、その人に備わったものである
才能には、天性の違いがある
才能は、磨くことで向上する
才能は、私たちを幸せに導いてくれる

世の中には煌びやかな才能に恵まれた人がいます。

彼ら彼女らは輝いていて
人生を謳歌しているように見えます。

正直、うらやましいと思います。
でも、自分にはそんな才能はない。

人生の水準とは、才能の水準で決まる。

半ば僻みながら、そんなことを考えていたわけです。


自分の才能って、なんだろう?


車椅子の大学生は、アルバイト先であるホームページの製作会社の社長から「営業をやれ」と言われます。アポなしの飛込み営業です。彼が回ることができる会社の数は限られています。しかし、営業成績はトップクラスでした。理由は、車椅子の営業マンはお客さんに覚えてもらって、明るい営業スタイルは好感が持たれたからでしょう。

大学3年のとき、ビジネスコンテストで得た賞金を元手に会社を設立。

彼の会社には、さまざまな人が集います。

「戸籍上は女性だが心は男性として生まれた人、車いすを利用しながらダウン症の息子を育てたシングルマザーの女性。通勤せず寝たままで仕事をしている社員もいます。つらい過去もコンプレックスも必ず強みになる。そんな理念に共感して集まる仲間です。」(朝日新聞2016年2月13日)

ユニバーサルデザインのコンサルティングを行うミライロ社長の垣内俊哉さん。

日本財団パラリンピックサポートセンター(東京)の顧問に就任し、競技団体の拠点となるオフィスの完全バリアフリー化について助言をしました。


歩くことができないことが才能。

軽々しく言えることではありません。同じ環境だったら、私に同じことができるとは思えません。

でも、比較する必要はないと思います。私は私なのだから。


ひとつ、言えることがあります。


才能は自分について考えるということ。


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