ショートショート56 『何でもスラスラと話せる時代』
便利な時代がきたものだ。
今からはるか先の未来。
AIが発達し、人々にICチップが埋め込まれるようになり、“言葉”という概念の進歩はとまらなくなった。
簡単に言うと、人間の発する言葉が脳内で全てデータ化されるようになり、インプットした言葉は一言一句たがわず発することができるようになった。
もう少し簡単に言うと、言いまちがう、であったり、言うことを忘れる、ということがなくなったのだ。データとして、脳内に組み込んだ言葉を、容量の許す限りインプット、アウトプットできるようになった。
これに伴い、もはや記憶力がいい、滑舌がいい、演技力が上手い、などの表現は無くなり、淘汰(とうた)されていった。
誰もがサヴァンじみた記憶力をもち、誰もが一流アナウンサーの滑舌をもち、誰もがムービースター顔負けの演技力をもつ時代。
まあ、だからといってテレビタレントや演劇の文化などが消え去ったのかというと、そういうわけではない。
いくらAIに任せているとはいえ、その本来の、もともとの人間の気質や性格は深く関わっており、控えめな性格の人は依然として存在するし、目立ちたい者もたくさん存在し続けている。
つまり控えめな人は、控えめな言葉のインプットを。目立ちたい者はそれに見合った派手な言葉の量や種類のインプットを。
それぞれ任意に選べるようになっていた。
無口な者はあえてインプットをせず。饒舌(じょうぜつ)な者もまた逆にしかり。
さあ、以上の説明をふまえた上で、あなたならどんな自分にするだろうか?
少し考えてほしい。
無口な自分を変えたいならば、それに準じたお喋りな自分をインプットすればいいし、向いてなければデータを減らせばいい。やり方な自由だ。もちろん、自分の言葉で話したいのならば、なにもインプットしないのもありだ。
そして、今、ある一人の青年が、片思いの女性を口説いている。
それこそ元来、無口な気質の青年は、女性を楽しませようと、なかなかにインプットをしてきたようだ。一方、女性はノーインプットで青年を迎えいれている。
*
「どう?このお店。気に入ってくれてるといいのだけど。フランス料理の名店ガストロミー ジュエール・ロブジャン。店構えも、さながら18世紀フランス様式の城館のようだ。料理に思いを馳せた職人達の甘美な囁きが一口一口喉を通るたびに聞こえるようだよ」
「そうね。素晴らしいわ。こんな素敵なお店初めてよ」
なかなかキザで長文な言葉を流暢に発する青年。まあデータを介して話してるわけだから当たり前なのだが。女性も意外とまんざらでもない様子。青年の饒舌は続く。
「でも、今日はディナーにつきあってくれて本当にありがとう。まさか君みたいな美しい女性と肩を並べ街を歩き、こうして二人で過ごせることに僕は胸の高まりを禁じえないよ。ああ、願わくば永遠にこの時間が続いてほしいとさえ思う。それでも結局、一瞬に感じてしまうのだろうけど。ただ、誤解しないでほしい。別に僕は、君とすぐにどうこうなりたいわけじゃあない。こんなことを言っていたバカな男がそういえばいたな程度に、君の心の片隅の小部屋に、しまっておいてくれるだけで僕は救われるんだ」
よくもまあ、こんなキザなデータをたくさんインプットしたものだ。こんな歯の浮きそうなセリフ、とてもじゃないがデータに頼らないことには言えそうもない。聞いているこっちの顔が赤くなりそうだ。
しかし、女性も頬を赤らめ話を聞いている。
どうやらこういうキザな言葉は好きなようだ。自信たっぷりに話す青年は、そのあたりもしっかりリサーチしてきたというわけだ。
そして青年が、自信に満ち溢れている理由はもう一つあった。
本来、引っ込み思案で心配症な青年は、この言葉達を入念に丹念に練習してきたのだ。
データなので、失敗なんてするわけがないのだが。
石橋を叩きたいタイプの青年は、この長々と膨大な口説き文句を“何度も何度も家で反芻”してきていたのだ。
どうやら、今日のデートディナーは上手くいくのかもしれない。
更に青年は続ける。
「さて、大事な話があるんだがいいかい?」
「あら、なにかしら?」
「僕は君が好きだ。将来的には…君とずっと2人で幸せな家庭を築き死ぬ…まで添い遂げたい…だか…ら…この…あと…きみさ…え…よけれ…れ…れ…れば……あ…の…ぼ………く……とと………け………………」
ああ。残念。
ちゃんと最後まで、快適に聞きたかったのに。“速度制限”がかかったようだ。
女性がポツリと一言。
「あなた、ちょっと重いわね」
~文章 完 文章~
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