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【日記】様式/2022年12月8日(木)

 81年前の今日は、あの忌まわしき大戦が始まった日。
    忌まわしき、などと言ってはみたものの、もちろん体験したわけではないのだから、話を聞いたり映像を見たりというだけの薄っぺらな知識、感覚だ。 

 この年に生まれたおふくろには、ほんの少しだけ戦争体験を聴いている。わずか4、5歳で味わった機銃掃射や焼夷弾の恐ろしさだ。
 当時住んでいた鎌倉の家の屋根を撃たれたという恐怖の記憶。瓦を叩くバリバリバリバリという激しい炸裂音は、まったく薄れることがなかったのだ。
 山形の片田舎に育った親父は、そういう被害にこそ遭わなかったものの、B29が爆音を立てながら飛んでいく姿を何度も目撃したと語った。そして、召集された親父の兄は南の島で戦死している。夏休みに遊びに行った山形の家で見る遺影は、幼心にもあまりに無情で切なかった。
 5年間も戦争状態。考えただけでもゾッとする。いまの自分の苦しさなんてあの時代の人に話したら、一笑に付されてお終いだろう。

 今日はめずらしく、いろいろな方と電話をたくさんした。
    同志の大切な方、藤木邦昭・元編集長、ミヤちゃんこと宮崎正博さん。そして某関係者。トータル5時間くらいだろうか。
 最近、人と話す機会がめっきり減って、“しゃべり”の衰えが顕著になっていた(元々しゃべりも得意じゃないのだが)が、やっぱり人と話すと脳が活性化されて、舌も滑らかになるようだ。このテンションのまま、ラジオででも話したい気分になる。いや、もちろんアルコールは含まれていない。酒、いつから呑んでないだろう。急に吞みたくなって、冷蔵庫のしなびた日本酒を温めて以来だから、もう、ひと月くらい経つのかな。嗚呼、『鍋島』呑みたい。

 話は相当前後するが、昨日から“書店モード”だったので、日中、駅の本屋に出向いた。例によって三省堂と有隣堂である。2時間は徘徊した。
 棚をじっと見つめていると、後ろを通りがかる老人たちが、何度もぶつかってきた。もちろん、「すみません」のひと言もない。だが、しかたない。この時間はお年寄りのもの。「巣鴨商店街に入ったら巣鴨商店街に従え」、なのである。
 しかし、私の右側がこんなにも空いているのに、わざわざ左側の狭い方を通ろうとしてキャスター付きワゴンにガシャンとぶつかり、なおも強引に進んで去っていったおじいさんには唖然とした。ワゴン、通路にはみ出たまんま。 
 私は黙ってワゴンを直しながら「年を取ると、こうと思ったら、その思いで凝り固まってしまうのだな」と心の中で納得した。咄嗟に思考を変えられない。「こっち通ろ」と思ったら、それでロックオン。自分ももう少し年齢を重ねないと、彼ら彼女らの感覚はわからない。だから目を瞑る。

 文庫からおしゃれなファッション誌まで。くまなくじっくり観察した後に、『文學界1月号』(文藝春秋)を購入。目当てはもちろん、佐野亜裕美プロデューサーと西森路代さんの対談だ。
 骨のある佐野プロデューサーの考え、その一端を知ることができた。そうか、『99.9─刑事専門弁護士─』(TBS)も佐野さんだったのね。
「監督、演出観」、「脚本家観」、「出演者観」というのはこれまでしてきたが、「プロデューサー観」はなかった。彼女の関わった作品を観てみたいと思う。あと、脚本の渡辺あやさんの作品も。こうと思ったら、契約している配信サイト内を検索し登録する。渡辺さんは、NHKドラマが多いのね。そして、意外にも彼女たちの作品を実はけっこう観ていたことが判明した。
 アホのように積み重なった膨大な未読文庫。そして、お気に入り登録されたこれまた無数の映画、ドラマ。これらすべてを読んだり観たりするのは、いったいいつの日になるのだろうか。

賞味期限内です

 こうして1日を振り返りながらしたためていたら、胃が完全に空洞化し、頭が真っ白になる感覚。手も震えてきた。稀に起きる「どうしようもない空腹状態」である。
 こんなときのために、とっておきのものがあった。だいぶ前に加茂佳子さんからいただいていた『月餅』と、やすおかだいごくんからいただいていた北海道土産の『じゃがポックル』だ。ふたりとも、「まだあったのー!」って驚く、もしくはくれたことすら忘れているかもしれないが、これらがなかったら、今日の日記を書き上げることはかなわなかった。
 
 こうして今日もまた、綱渡りを辛くもクリアして1日が終わった。

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