プレミアに、新たな智将降臨!

アーセナルがFAカップを制した。シーズン途中に就任したアルテタ監督にとっては監督としての初タイトルとなった。そして、8位に終わったプレミアリーグの結果を挽回し、ヨーロッパリーグ参戦を決めるものとなった。試行錯誤と激動の半年を越え、タイトルに辿り着いたアーセナルとアルテタ監督について考察する。

結論からいうと、僕はアルテタ監督のファンになってしまった。アーセナルがピッチで見せるプレー、アルテタが見せるアクションに魅了されてしまった。そして、ロシツキーが在籍してからアーセナルを追いかけてきたが、07-08シーズン以来これほどワクワクしたことはなかった。来シーズンが楽しみでならない。アルテタ監督が次のシーズンに向けてどんな準備をして、ピッチでどんなフットボールを表現するのかにとんでもなく興味がある。

さて、試行錯誤と激動の半年を経て、アルテタ監督について簡潔にまとめてみると、以下のようになる。

①理想主義と現実主義の間にいる。
②チームマネジメントの達人。

①理想主義と現実主義の間にいるというのはどういうことか。シーズン最終盤を5-2-3で戦ったことが全てを物語っている。
例えば、ダビド・ルイスを使うなら、3バックのセンター以外にはない。たまに大ポカをやるがフィード力と前に出た守備の強さを活かさない手はない。ましてやオバメヤン、ペペといった快速FWを擁しているのだ。周りにカバーする選手を置き、フリーになりやすく全方向にパスが出せる3バックの中央に配置すれば強さを出しつつ、最後の砦がダビド・ルイスという状況を減らすことができる。
リバプールやマンチェスター・Cを相手に重心が低くなることも許容した。むしろカウンターでオバメヤン、ペペの速さを活かすことも選択肢の一つとして取り入れた。しかし、失点してしまってはゲームの進め方が難しくなってしまう。そこで5-4-1の守備で耐える時間を耐え切ることも教えていた。その時はオバメヤンもペペも下がらせ、ラカゼットも守備に奔走した。対戦相手との力関係を読み切り、守備的な戦いもいとわない。シーズン終盤、ときに強豪との試合で現実主義的な考えが垣間見えていた。
一方で、後ろからショートパスをつないでゲームをコントロールしようという試みも継続していた。FAカップ準決勝でオバメヤンが決めた1点目は象徴的だった。マンチェスター・Cのハイプレスに対してGKも参加して自陣低い位置で10本近くパスを回してボールを前進させた。
FAカップ決勝では4バックと偽SBを駆使してチェルシーのハイプレスに対抗した。チェルシーが3トップでプレスをかけてきたので、+1でビルドアップを行う枚数調整だろう。余ったSBは内側に入り込み、ライン間でボールを受ける枚数を増やす。ボールを持ちたいチームがやるべきことを確実にチームに落とし込んでいる。
チームのメンバーの力を最大限に発揮させる用兵と対戦相手との力関係を考慮した結果が5-2-3の採用だった。チームの重心を下げて守備的な戦いになることも許容した。しかし、その中でもボールを持つことに挑戦し続けていた。理想だけでは結果は得られない。監督の理想の選手をフロントが獲得してくれるなら別だが、アーセナルにレアルやバルサ、マンCのような財力と魅力はない。現実を直視し、対応しなければ戦えない。アルテタ監督は現実を受け入れ、今ある条件の中で最適解を見出そうとしていたように見える。そして、その最適解の中に、自分の理想を落とし込もうとしていた。現在のアーセナルで結果を出すために、そして「いいサッカー」を見せるために、最高の監督だと言えるだろう。

②チームマネジメントの達人については、FAカップ獲得を決めた時の振る舞いを見ればわかる。監督自ら選手に歩み寄り、ハグをして讃えている。選手も満面の笑みで応えている。この半年、アルテタ監督がアーセナルの選手の信頼を勝ち取ったということがわかる場面だろう。
アルテタ監督は1982年生まれで選手とも年齢が近く、心理的な距離が近かったこともプラスに働いたかもしれない。また、アーセナルの主将も務めたレジェンドだということも選手が一目置くことにつながったかもしれない。しかし、多くの監督が、過去の栄光は役に立たないと公言している。『ペップ・シティ』の中にはアルテタ監督が自己の経験から選手の心理状態や悩みを理解した上で1on1で何度も話し、的確なアドバイスと献身的なサポートで各選手を鼓舞してきたことが描かれていた。監督の立場になっても、選手一人ひとりと真正面から向き合ってきたのかもしれない。
また、グエンドウジに対する毅然とした態度も他の選手からの信頼を厚くしたことだろう。チームとしての規律を守らない場合はチームから離脱させることも辞さないという姿勢は、チームを守ることにつながる。チームを最優先に努力しているほとんどの選手はこうした監督の姿勢を見ている。自分たちの取り組みを認め、チームを守る監督を信頼するはずだ。

チームからの信頼を集め、今ある条件の中で最適解を見出し、FAカップ獲得という結果を残した。アルテタ監督は名将としての力量をこの半年で見せてくれたと思う。クロップのように熱くなって選手と一緒に戦う闘将タイプには見えなかった。かといって、グアルディオラのように理想を追い求める求道者でもない。冷静に状況を見極め、打つべき手を打つ。いうなれば、智将。それも、ボールを持つことを理想とする現実主義的な考えの持ち主。新たなタイプの監督が、プレミアに現れた。


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