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暑い夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィー 前編 『ロスバンド』

今年も猛暑の夏がやって来ました。暑い日はお家でゆっくり北欧映画を観て涼むのもいいかもしれません。今回は、そんな夏におすすめの北欧ロード・ムーヴィーを前編と後編に分けて紹介したいと思います。

ロード・ムーヴィーといえばアメリカの作品を思い浮かべる方も多いと思います。しかし、北欧ロード・ムーヴィーはアメリカのジャンルの流れにありながらも、独自の魅力を持っています。

前編では、爽やかな風を感じられるノルウェーのロード・ムーヴィー『ロスバンド』を紹介します。

ノルウェー発 北欧ロード・ムーヴィー『ロスバンド』

本作は、ロック好きのティーンエイジャーたちがロックバンドを組み、ノルウェー北部の街トロムソで開催されるロック大会をキャンピングカーで目指す青春ロード・ムーヴィーです。

ドラム少年グリムとギター兼ボーカルのアクセルの2人に、チェロのティルダとドライバーのマッティンが加わり、トロムソに向けてノルウェーを北上します。

このドライブの目的はアクセルにとってロック大会への参加でしたが、それ以外の3人は家族からの逃避でもありました。3人はそれぞれ家族と問題を抱えており、家は居心地が悪い場所になっていました。悩みがなさそうに見えたアクセルもドライブの途中で挫折を経験することになります。

トロムソへの旅を通して4人は様々な大人と出会い、それぞれの人生が少しずつ動き始めます。

ロード・ムーヴィーの起源

ロード・ムーヴィーは、60年代後半のアメリカで確立されたといわれるジャンルで、その代表作は『イージー・ライダー』(1969)です。この時期のロード・ムーヴィーは、「自由」や「抵抗」を表現しながらも、「死」に向かう逃避行のドライブでした。そして、80年代に入るとロード・ムーヴィーの多くは、この時代に応答するかのように、ロードを通して「家族の再生」や「傷の癒し」を描くジャンルへと変容したと映画研究者によって指摘されています。

『ロスバンド』も、このジャンルの流れを汲む作品です。グリムたちのドライブの目的は、第一にロック大会に参加するためですが、家族の問題から逃れるための逃避行という面も強調されています。さらに、グリムたち4人はトロムソへの旅を通して家族のような関係を築いていきます。このような物語の展開は、80年代アメリカのロード・ムーヴィーと重なります。

しかし、本作の逃避行では大人への抵抗を描いているわけではありません。本作では、逃避行によって成長する4人を描いています。この点は、『ロスバンド』がロード・ムーヴィーというジャンルの中でも、青少年向けの作品として制作されていることの表れでしょう。

人生を諦めかけている大人たちへのエール

『ロスバンド』は、大きなテーマとして10代の若者たちの成長が描かれているので、子ども向けの作品だと思う人も多いと思います。ですが、本作には子どもたちから大人たちへのエールも込められているように感じます。

旅の途中ですべてがうまくいかない状態に陥ってしまったアクセルに、マッティンが「人生は計画どおりにいかないもの」と言う場面があります。この言葉は、まさに本作に登場する大人たちの人生に当てはまります。残り1日で退職の日を迎える警察官フランクは最終日を台無しにされますし、グリムが憧れているロックミュージシャンのハンマーは音楽ソフトに仕事を奪われたようで、「バンドなんかやめておけ」とグリムにアドバイスします。

この大人たちは、かつてグリムたちと同じように「ロード」を走っていたのでしょう。しかし、ハンマーのように「人生は計画どおりにいかないもの」と人生を途中で諦めてしまった大人もいます。

本作は4人の成長する姿を通して、「人生は計画どおりにいかないもの」だけれど、自ら選んだ道(ロード)を進んで行くことにこそ意味がある、と人生を諦めかけている大人たちにエールを送っているのではないでしょうか。
たとえそれが思いどおりに進めない道でも、自分で道を選択して進んで行くしかないと。


基本情報
『ロスバンド』2018年製作|94分
製作国:ノルウェー・スウェーデン
原題:LOS BANDO
監督:クリスティアン・ロー
脚本:アリルド・トリッゲスター
出演:ターゲ・ホグネス、ヤコブ・ディールード、ティリル・マリエ・ホイスタ・バルゲル、ヨナス・ホフ・オフテブローほか


気になる北欧映画
■『ぼくの家族と祖国の戦争』2024年8月16日より劇場公開
2023年製作/101分/デンマーク

デンマーク国内外で活躍する俳優ピルウ・アスベックが出演している最新デンマーク映画。第二次世界大戦末期のデンマークを舞台に、市民大学の学長ヤコブ(ピルウ・アスベック)とその家族は、ドイツ人難民を救うべきか否かの選択を迫られます。

近年デンマークでは、第二次世界大戦を舞台にデンマークとドイツの境界に置かれた人々をテーマとするメディアが目立っています。本作は、境界に生きる人々の白黒つけることができない複雑な状況を考えるきっかけになる作品なのではないでしょうか。

『ぼくの家族と祖国の戦争』予告編


著者紹介:米澤麻美(よねざわ あさみ)
秋田県生まれ。マッツ・ミケルセンの出演作からデンマーク映画と出会い、社会人を経て大学院でデンマーク映画を研究。法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。北欧文化協会例会(2022年)、北欧楽会例会(2023年)、北欧留学情報センターBindeballe講演会(2024年)などで北欧映画を紹介している。


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