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生しらす丼と、小さな目

鎌倉から江ノ電に乗って、江の島へ。平日とあって、車内は日本人よりも外国人観光客でにぎわっている。途中、車窓から海が見えるところがあり、私は初めての光景に心が躍った。

「初めて来たなんて、ちょっと意外だわ~」

一緒に来た友人が、海を眺めながら言う。江ノ電の「江ノ島駅」から江の島までは、小さな商店街を少し歩き、長い橋を渡る。私たちは、島までたどり着く前に海岸に下りて、波間を漂うサーファーたちを眺めていた。

「そうなんだよね。なんか、江の島って、カップルで来るイメージあるから、なかなか足が向かなくて」

「そうか~。でも、東京で『海!』って言ったら、やっぱり江の島だからねぇ」

実はその前日、ある悩みごとを抱えていた私は、彼女にLINEを送った。いつもは元気いっぱいな私の異変に気付いた彼女が、私を海に連れ出してくれたのである。

「なんかさ~、悩みごとがある時は、やっぱり海だよ、海!かなりベタだけどね」

たしかに、どこまでも続く海と、繰り返し寄せては返す波と、その波と格闘し続けるサーファーたちを眺めていると、私の悩みなんてちっちゃいな、と思えてくる。

「うん、そうだね。悩んだ時は、海だね。ありがと」私は彼女にそうつぶやくと、再び視線を海へ向けた。

「ね、そろそろ、お腹空かない?なんか食べに行こうよ」

「うん。海見てるだけなのに、お腹はちゃんと空くねぇ」

江の島が目的だったはずだが、あまりの暑さに私たちは、橋を渡り切らずに引き返すことにした。私たちは駅の方向へ向かって歩き出したが、島へ向かう人々の方がはるかに多い。その多くが外国人観光客で、たまに見かける日本人は夏休み中の学生のようだった。

「お!今日は生しらすがあるみたい。食べよ!」

小さな商店街にある「食事処」と書いた看板の前で、彼女が言った。午後2時をとっくに過ぎていたが、2階にあるその店の前には「営業中」の札がかかっている。店内に入ると、案の定、お客は私たちだけだった。

「生しらす丼、お願いします」

「はい、少しお待ちください」素朴な感じの女性店員さんが、やさしく微笑んだ。

「ね、そういえば、お昼時なら、ここも外国人観光客でいっぱいなのかな?」

「そうだね、たぶん。でもさ…」

「でも?」

「生しらすは、外国人は好きじゃないって聞いたことがあるよ」

「え?そうなの?」

生しらすは、英語で「ホワイトベイト(whitebait)」または、いわしの赤ちゃんという意味で「ベイビー サーディン(baby sardine)」というらしい。丼は、牛丼のことを「ビーフ ボウル(beef bowl)」というから、生しらす丼は…

ホワイトベイト ボウル(whitebait bowl)という感じだろうか。

「なんだかね、このしらすちゃんの小さな目が、たくさんこっちを見てる気がして、ダメらしいよ、海外の人は」

「へぇ~!そうなんだ。おいしいのに、ねぇ」

私たちは、運ばれてきた生しらす丼に軽く醤油をふり、早速ほおばった。プリプリした食感と潮の香りが、口に広がる。海と、海の恵みに、悩みを吹き飛ばしてもらった日になった。

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