見出し画像

恋人に手料理をふるまった夜は

コロナ禍になってから、少し時間のかかる煮込み料理などもつくるようになった。その代表がおでんである。

以前は、炒めものや焼きものなど、あまり時間のかからないものばかりつくっていた。しかし、コロナ禍になって間もなく、仕事の依頼がなくなってヒマになってしまったことがあり、持て余した時間を使って料理をするうちに、少々時間のかかるものもできるようになった。

それまでの私にとって、おでんはおでん屋のカウンターで食べたり、コンビニで買ったりするものだった。自分ではカンタンなものしかつくらないくせに、おいしいものが大好きだから「おでんをつくるのには時間がかかる」ということだけは知っていたからだ。

でも、実際につくってみたら、煮込むからある程度長い時間はかかるけれど、難しいものではなかった。先に大根さえやわらかく煮ておけば、その先はそれほど時間はかからない。私はひとり暮らしなのに、おでんは鍋いっぱいにつくるから、1日目と2日目では味が違う。もちろん、2日目の方がお出汁がしみしみでおいしくなっているが、1日目のおでんもそれなりにおいしい。

つい先日も寒かったので、晩酌はアツアツのおでんで焼酎のお湯割りでも飲もうと、夕方からおでんを仕込んでいた。キッチンから漂うお出汁の香りをかぎながら、ふと思ったことがある。

「そういえば私、付き合った人に手料理をふるまったこと、ないな……」

ひとり暮らしをはじめて数十年になるが、これまでの食事を思えば、圧倒的に外食が多い。だからといって、全く料理をしてこなかったわけではない。「ごちそう」といえるようなものはつくれないが、ごく普通の家庭料理ならそれなりにつくれるつもりだ。

しかし、恋人にふるまったことはないのである。

正確には、ピクニックなどに自作の料理を持って行ったことはあるので、ふるまったことはある。でも、私の家に恋人が来て、自分でつくった料理を食べてもらったことはない。

その逆なら、ある。


かつて付き合っていた私の恋人は、おいしいものが大好きで、デートといえばその人がすすめるお店で食事をしていた。日本料理、沖縄料理、中華料理、フレンチ、イタリアン、メキシカン、アメリカン……。その人の友人たちもみんなおいしいもの好きだったから、いろんなお店をよく知っていて、いろんなところに連れて行ってもらった。どのお店もとてもおいしかった。

その彼と、中華料理を食べていたときのことである。

「ここの料理もおいしいんだけどさ、ボクがつくった餃子、めちゃくちゃうまいんだよ。自分で言うのもなんだけど」

「へぇ~、そうなんだ。食べてみたいなぁ」

「食べさせてあげたいよ。今度、ウチに来る?」

という話の流れで、後日、彼の家で餃子パーティーが開かれることになった。パーティーといっても、参加者は2人きりである。

その彼はとても段取りがいい人で、私が彼の家に到着するまでに餃子のタネを用意し、皮で包むだけになっていた。2人で彼の家のキッチンに立ち、彼に餃子の包み方を教えてもらいながら、2人でたくさんの餃子をつくった。

「こんなに食べられるのか?」というほどつくったが、お酒を飲みながら食べたら、あっという間に2人のお腹におさまった。本人が自分で言ったように、彼がつくった餃子は本当においしかった。

あのとき、もし隠しカメラがあったら、かなりイチャイチャした映像が撮れていたんだろうと思う。ラブラブな時期だった上にお酒も入っていたから、もうその夜はお泊りであった。

すると、真夜中に彼の家の電話が「プルルルル……」と鳴った(まだ家の電話があるのが普通の時代だった)。

彼は電話をとらなかった。電話は、2人が寝ている部屋ではなく、隣室にあるからだろうと、そのときの私は思った。ほどなくして、電話は切れた。

電話は、すぐにまた「プルルルル……」と鳴った。今度は切れなかった。「プルルルル……」と電話は鳴り続けた。真夜中に、2人がひとつのベッドで寝ている隣室で、電話は長い間、鳴り続けた。

でも、彼は電話をとらなかった。

その真夜中の電話をきっかけに、彼には別にオンナがいることがわかった。そして、私たちは別れた。

その彼と別れた後、私は何人かと恋愛関係になった。ほぼ全員がおいしいもの好きだったし、中には料理が得意な人もいたが、私は恋人の家に行ったことはない。私が恋人を家に招いたこともない。

トラウマというわけではないが、お互いの家に行き、恋人同士なら自然の流れでお泊りするということになれば、いらんことが発覚するのではないかと、私はいまだにそう思っているのかもしれない。

「せっかく、手料理をおいしくつくれるようになったんだけどなぁ……」

恋人がいる時期と、手料理をおいしくつくれる時期が、私は完全にズレてしまったようだ。もし、これから恋人ができれば、手料理をふるまうことができるのだが、そんな出会いがこれからの私にやってくるのだろうか。そして、どちらかの家のキッチンに立つ日が来るのだろうか……。


この記事が参加している募集

忘れられない恋物語

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?