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過程の記録

「私はねぇ、カテイを書きたいのよ。ストーリーにして」

「カテイ?カテイって、家の庭って書く家庭ですか?」

「あ~、そっちもカテイだけど、私が書きたいのはプロセスの方のカテイ」

「ああ、プロセスの方ね」

「そう。プロセス。ん~、なんていうか、ちっちゃな『プロジェクトX』みたいなの、このコロナ禍でいっぱいあると思うんだ」

徳利に入ったお燗酒をおちょこに注ぎながら、私はカウンター越しに女将に話しかけた。女将は、料理をしている手を休めずに答えてくれる。私と彼女との間には、透明なアクリル板。もちろん、コロナ対策である。

「だってさ、女将も、たとえばこのアクリル板をつける時だって、どの業者にしようかとか、いろんなこと考えたりしたじゃない?」

「ああ、そういえば……。結構、いろいろ調べましたよ、ネットで」

「でしょ?で、このアクリル板にしたと。そういう『結果』は、数字とか写真で記録に残るけど、その結果をもたらした『過程』は、なかなか記録に残らないじゃない?報告書みたいなのを書けばいいけど、それじゃ味気なくて、誰も読まないしさ」

「まぁ、そうですねぇ。だから、ストーリーにしたいと?」

「そうなのよ。たとえばさ、女将が取材に協力してくれるなら、ただしゃべってくれればいいの。4月の緊急事態宣言の頃はどうしたとか、その後はどうだったとか……」

「ああ、そういえば、私は生まれてはじめて、2週間もお休みしましたねぇ。お店、開けられなかったから……」

「ほらね!ちょっと水を向けただけでも、生まれてはじめての体験が出てくるじゃない?今年はみんなそうだと思うんだ。だから、しゃべってくれさえれば、私が書くから」

「なるほどねぇ。それは、しゃべりたい人、いっぱいいるでしょうねぇ……。はい、お待たせしました」

そう言って女将が差し出したのは、私が注文した料理「なめこ入り麻婆豆腐」であった。

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茶色の和皿に盛られたアツアツの麻婆豆腐から、いい匂いが漂ってくる。

「おお~!おいしそう。いただきます」

私は早速、和皿に添えられた木製のスプーンで豆腐となめこをすくいあげた。できたての麻婆豆腐だから、そのまま口に運べば、おそらく舌をヤケドするくらいに違いない。

フーッ、フーッ。ハフハフ……。

「ん~、おいひい~!」

麻婆豆腐のコクと辛さを感じつつ、お燗酒をちびり。

「相変わらず、おいしそうに召し上がりますねぇ。これね、パッと見は普通の麻婆豆腐にきのこが入っているみたいですけど、実は、片栗粉を使っていないんですよ」

そう言うと、女将はフフフッと笑った。

「ええ?そうなの?でも、ちゃんととろみがあるよ?」

「そうなんです。なめこのとろみで十分なんですよ。しかも、きのこだからカロリーが低いし、うまみもあるし」

女将はそう言うと、うれしそうにまたフフフッと笑った。

「なるほどね~。きのこだからカロリーが低いし、うまみもあるし」

私は女将のセリフをオウム返しにすると、再びなめこ入り麻婆豆腐をスプーンですくった。そのとろみを改めて確認してみたが、なめこのとろみなのか、片栗粉のとろみなのかなんて、素人にはわかるはずもない。


「あ、そうか。そういうことだわ。ねぇ、女将!」

「ん?なんですか?なにがそういうことなんです?」

「いや、あのね。女将が今、とってもいいヒントをくれたの!だってさ、料理のレシピだって、過程を書いてるわけじゃん。できあがった料理は『結果』であって、それをどうやって作ったのかっていうレシピは『過程』じゃない?」

「そうですけど……。それが、なんのヒントに?」

「たとえば女将の料理をマネしようと思えば、レシピがあればできるのよね。この麻婆豆腐だって、女将から『片栗粉は使っていない』って聞かなかったら、違う料理になってたかもしれない」

「ああ、たしかに……」

「つまりね、過程の記録があると、別の誰かがそれをやろうとした時に、参考になるの。再現性があるっていうのかな。だけど、過程がなくて結果だけあっても、なかなかマネはできないでしょ。料理だけ食べても、レシピを聞かなきゃ作れない」

「そう、ですね」

「だから、過程の記録が必要なの。みんな、ちょっと前までは必死だったからそんな余裕はなかったと思うけど、今はもう『ウィズコロナ』って思ってる。いつ頃、どうやって、どんなウィズコロナの対策を決めたのか、それも知りたくない?」

「まぁ、たしかに……。他のお店とか、どうしてるんでしょうねぇ」

「やっぱり……。それぞれの業界とか、それぞれの会社、それぞれのお店で、コロナ対策って違うと思うんだ。取材、する価値あると思う」

「そうですね。がんばってください」

「うん。まずは企画書、書かなきゃ。女将、ありがとね」

私は徳利に残っていたお燗酒をおちょこに注いでグッと飲み干すと、次のお酒を女将に注文した。


こうして私は、居酒屋の女将とおしゃべりしたことによって、新たな取材の企画を立てることを心に決めた。テーマは「それぞれのコロナ禍 過程の記録」である。

取材を受けてくれそうな人は何人かいるのだが、どんなコンテンツにして、どのような形で発表することになるのかはわからない。本なのか、ネットメディアなのか。

もし、このnoteを読んでくれたあなた(できれば本やメディアの編集者)が「それぞれのコロナ禍 過程の記録」という企画に興味を持ってくれたら、私にご一報いただきたい(連絡先はプロフィール参照)。


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