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せりと鶏肉の鍋と、意外なシメ

「えっ?根っこも食べるんですか?」

なじみの居酒屋で、私が注文したひとり鍋をのぞき込んだ隣席のおにいさんが言った。

「そうなんですよ。これがね、香りが強くて、葉っぱとは違うおいしさなんです」

びっくりしている隣席のおにいさんに向かって、私はそう言った。目の前でグツグツいっている鍋は、この店では「鶏肉とせりの鍋」であり、東北は宮城・仙台では「仙台せり鍋」といわれるものである。

せり鍋は、このところ冬の仙台名物として紹介されている鍋料理である。仙台周辺で、せりはかなり昔から栽培されているようだが、せり鍋が首都圏で話題になったのは、ここ数年らしい。

最大の特徴は、せりの葉や茎だけではなく、根っこも一緒に食すことだ。根っこには、せりの香りとうま味が詰まっているのである。この店では、主役のせりの他に、鶏肉、豆腐、きのこ、長ねぎなどを入れている。

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「ん~、いい香り~」

そして、この鍋料理が他の鍋とちょっと違うポイントが、お出汁である。この店では、仕込みの際、かつお節で丁寧に一番出汁を取る。他の鍋はこのかつお出汁だけなのだが、せり鍋はその出汁に料理酒と醤油が入る。つまり、他の鍋よりも味が濃いめの、醤油ベースのお出汁で煮る鍋料理なのだ。

その濃いめのお出汁で煮たせりを食べながら、日本酒をいただく。もちろん熱燗もいいが、この日は冷や酒をちびちび。

「せりと醤油の香りがいいですねぇ」

「そうなんですよ。あ、根っこ、味見してみます?」

先ほど、せりの根っこに興味津々という顔をしていた隣席のおにいさんに、せりの根っこをおすそわけする。普通なら「根っこなんて捨てるところを人にあげるなんて…」と思われそうだが、せり鍋における根っこは、ごちそうなのだ。

「せりって、きれいな川で育つんですけど、さすがに根っこは土の中なんです。だから、こうやっておいしく食べられるように、根っこから丁寧に土を取り除く作業が必要で。結構、手間がかかってるんですよ」

小皿にせりの根っこを少し取り分けながら、私はおにいさんに説明した。

「へぇ~。そうなんですか。せっかくなんで、心していただきます」

醬油ベースのお出汁で煮こまれたせりの根っこは、ちょっと茶色みをおびている。おにいさんは、それを箸でつまみ上げて口へ運んだ。そして、モグモグと噛んでから

「うまい!ホントに香りがいいんですね!」と、またびっくりした顔をした。

「ね?おいしいでしょ」

味見をさせた甲斐があったと、私はちょっとホッとした。

おいしい鍋をつつけば、お酒もすすむ。お酒がすすめば、おいしい鍋の具はあっという間になくなる。ひとり用の小さな鍋は、鶏肉を2切れほど残し、お出汁だけになった。

「では店主、例のヤツお願いします」

「かしこまりました~」

「例のヤツって、なんですか?」

きょとんとしている隣席のおにいさんを知ってか知らずか、店主はカウンター越しの厨房で、私の鍋のシメに使う食材を準備している。

ほどなくして登場したのは、小ぶりの丼に入った炊き立てのご飯と、生玉子である。

「ご飯と生玉子ってことは、シメは雑炊ですよね?」

「ご飯と生玉子だから、雑炊を作ると思うでしょ?違うんだな~、これが」

私は、鍋の中に残った鶏肉とお出汁を再び温めた。その間に玉子を溶く。鍋の中には、ご飯は入れない。

鶏肉の入った醤油ベースのお出汁が温まったところに、溶き玉子を回しかけて、とじる。

そして…玉子でとじた鶏肉を、真っ白いご飯の上に、そーっと乗せる。

「あ、それって…」

「そう。親子丼の、完成です!」

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「いや~。お鍋のシメにご飯と生玉子なのに、雑炊じゃなくて、親子丼ですか~」

「同じ食材使ってるのにね~。よく考えたよね、店主!」

カウンター越しに声をかけると、店主は料理をしながら、ニヤリと笑った。

そう。同じ食材を使っていても、アイデアひとつで、全く違う料理が出来上がる。それはまるで、同じアイテムを使っているのに、全く違うコーディネートが出来上がるみたいな感じだ。

「プロとアマチュアの差っていうのは、こういうところに出るのかもねぇ」

「それぞれの食材は食材だからさ、一旦、バラバラに考えてから、組みあわせるわけだよ」

「バラバラにしてから、組みあわせるわけね?」

「そう。それぞれひとつひとつの素材だって、十分にうまいんだから」

「なるほどね~。勉強になります!」

具材のうまみがしっかり出た醤油ベースのお出汁と、そのお出汁で煮こまれた鶏肉、そして生玉子と真っ白いご飯。それぞれのおいしさをかけ合わせてできた親子丼。「お鍋のシメは雑炊」という常識にとらわれない、おいしいシメであった。


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