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エスカレーター降り口のおばさんたち

なぜ、おばさんは「こんなところ」で立ち止まるのだろう?

たとえば、エスカレーターの降り口。

ある日、エスカレーターに乗った私の前に、60代くらいの2人組のおばさんが乗っていた。きちんとエスカレーターの右側はあけてあるので、おばさんたちは前後になっている。前にいるおばさんが、後ろにいるおばさんを振り向きながら、ずっとおしゃべりし続けていた。

「そうなのよ~。それでね、あの人さ…」

おばさんたちの話の内容には興味がなかったから、ちゃんとは聞いていなかったけれど、おそらく、お互いの共通の知り合いに関するうわさ話だろう。

そんなに長いエスカレーターではなかったから、乗り口から降り口までは、すぐだった。ほんの短い間でも、おばさんたちのおしゃべりは止まらなかった。

止まったのは、おばさんたちの歩みである。

ほんの短いエスカレーターの、まさに降り口で、おばさんたちはおしゃべりしながら、歩みを止めた。そして、その場で2人並んで、おしゃべりを続けた。

私は危うく、おばさんたちにぶつかりそうになった。

たとえば、地下鉄へ下りる狭い階段などで、人と人がぶつかりそうな場所には、カーブミラーが設置してあったり、「あぶない!」「衝突注意!」などの張り紙があったりする。

それから、電車の中には、マナーとして「大声でおしゃべりはやめましょう」「周囲の人にご配慮を」のようなポスターも、よく見かける。

けれど、私がおしゃべりしているおばさんたちにぶつかりそうになった場所は、エスカレーターの降り口である。

当然のことながら、そこには「衝突注意!」の張り紙もなければ「周囲の人にご配慮を」のポスターもない。

エスカレーターの周辺に貼ってあるのは、せいぜい「エスカレーターは2列で乗りましょう」「手すりにつかまりましょう」というポスターだ。あ、そういえば、「長いスカートの裾に注意」とか「ゴム製のサンダルに注意」という、「エスカレーターにはさまれないように」という注意書きもあるか…。

だけど、繰り返すが「衝突注意!」という注意書きは、ない。

だって、何かの拍子に将棋倒しにでもならない限りは、エスカレーターでぶつかるなんて、考えられない。その予防のために「エスカレーターでは歩かないで!」というポスターは、よく見かける。

現在、エスカレーターというのは、実にいろんなところに設置されている。駅の出入り口、改札をぬけたホームへの出入り口、ショッピングセンター、オフィスビルなどなど…。

そして、どのエスカレーターも安全上、乗り口と降り口は広くつくられている。いや、正確にいえば、「乗り口と降り口から、数歩離れたところ」は広くつくられている。

私がぶつかりそうになったのは、エスカレーターの「降り口」そのものであり、そこで唐突に止まったおばさんたちのせいである。誰が、エスカレーターの降り口で突然、目の前にいた人(しかも2人とも!)が立ち止まるなんて、思うだろうか?

幸いにも、私はぶつかりそうになっただけで、おばさんたち2人を回避できた。いや、私が肩にかけていたバッグくらいは、2人のうち、どちらかのおばさんの腕に、ぶつかったかもしれない。

そのくらい、唐突に、おばさんたちは立ち止まったのだった。

もしこれが、私をびっくりさせようとして、2人で示し合わせて、わざと立ち止まったのだとしたら、おばさんたちはほくそ笑んでいたと思う。

けれど、おばさんたちは、本当に悪気なく、立ち止まったようだった。そして、そのまま、おしゃべりを続けた。エスカレーターの降り口で。

そのエスカレーターには、私の後ろに乗っている人はいなかった。だから、あの時、おばさんたちにぶつかりそうになった人は、私だけだった。でも、私がこういう経験をしたことは、一度や二度ではないし、私以外にこういう経験をしている人は、たくさんいるはずだ。

今度、エスカレーターの降り口で、こういうおばさんたちを見かけたら、やさしく声をかけてあげよう。

「後ろの人がぶつかりますから、あと3歩ほど前へお進みくださいね」


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