おいしいものに、救われた。
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おいしいものに、救われた。

びんこ/長谷川敏子

コロナ禍になってから、丸一日、誰ともしゃべらないままだったという日がよくある。

きょうも、そうだった。

唯一、声を発したのは郵便屋さんが配達に来たときで「お名前を確認してください」「はい、間違いありません」それだけだった。

ひとり暮らしでフリーランスの私は、現場へ行く取材以外、仕事も家でできる。オンラインで打ち合わせなどがあれば誰かとしゃべるが、それもない場合には誰ともしゃべらないし、買い物にすら行かなければ、家から一歩も外へ出ない、ということになる。

もともと人に会うのは好きな方だが、ひとりの時間も好きなのは幸いだった。もし、この状況でひとりの時間が好きじゃなかったら、私はかなりおかしくなっていたかもしれない。

どんなにひとりの時間が好きでも、やっぱり、誰ともしゃべらないと「うれしい」とか「楽しい」とか感じることは減っていると思う。

ひとりの時間を過ごさざるを得なくなって改めて思うのだが、「うれしい」とか「楽しい」というのは、誰かと共有するから、もっとうれしくなるし、もっと楽しくなるのだ。

以前は、仕事帰りに行きつけの居酒屋へ行き、カウンターに並んだ常連さんたちとおしゃべりしたり、店主とお酒や食材の話などをしながら、笑い合った。仕事でうれしいことがあると、みんなが「よかったね!」と言ってくれて、うれしさが倍増した。

だけど今の私は、それができない。

誰ともしゃべらない日には、笑うこともほとんどないし、ひとり暮らしだから、うれしいことがあっても共有する相手はいない。


そんな私が今、家から一歩も出ない日に唯一、楽しみにしているのは「食べる」ということ。

家から一歩も出ないままに夜になってしまった日には、わざわざお惣菜などを買いに行くのもおっくうだ。だからといって、デリバリーの料理を頼むつもりはない。

コロナ禍になってからしばらくは、仕事がなくてヒマだった。余った時間を使って、ちょっと時間のかかる煮込み料理などもつくっていた。

でも、おかげさまで一時期よりも仕事が増えて時間が余らなくなったし、何よりも手の込んだ料理をすることに飽きてしまった。

そういうときには、わが家の冷蔵庫や食料庫にある食材を眺めながら、「何をつくろうかな……」と、ぼんやり考える。そうすると「ああ、あれとこれを組み合わせて……」と、今あるものでできる料理が浮かぶようになった。

「ようになった」というのは、以前はそうでもなかった。ヒマだったときに料理をし続けたおかげで、料理をすることに慣れ、食材を組み合わせることにも慣れたのだと思う。

最近は「組み合わせ」すら考えず、シンプルに食材に塩コショウをふって焼くだけ、ということもある。


先日もやっぱり、家から一歩も出ないままに夜になってしまい、「どうしようかな……」と思いながら冷蔵庫を開けたら、鶏のむね肉が1枚、目に入った。安かったときに買っておいたものだった。買ったときにはたしか、蒸してサラダに入れるか、あっさりしたカレーにでも入れるか、と思っていたはずだ。

けれども、その日のわが家の冷蔵庫には、サラダの材料もカレーの材料もなかった。何よりも、私がもう、いろんな食材をつかって料理をしたいと思っていなかった。

「よし。シンプルにいこう」

耐熱皿に鶏肉をのせ、皮目を中心にフォークで穴をあける。肉の中まで火が通りやすくするためである。そうして次に、全体に料理酒と醤油をかける。そのままオーブントースターへ入れる。10分くらい焼く。

その間に、冷蔵庫に入っていたお漬物を切って、お皿に盛りつける。やかんでお湯を沸かし、焼酎のお湯割りの準備をする。

そうこうしているうちに、オーブントースターから香ばしい匂いがしてくる。ちょっと蓋を開けてのぞくと、皮がいい感じにきつね色になっている。

しばらくすると「チーン!」と焼き上がりの音がした。

だが、ここであわててはいけない。「チーン!」が鳴ってから数分間、余熱でさらに火を通す。その間に、焼酎のお湯割りをちびりと飲んで、食欲を増進させておく。

「さて、もういいかな」

頃合いをみて、オーブントースターから耐熱皿を取り出す。いいきつね色、香ばしい匂い。仕上げに黒コショウをふって、食卓へ運ぶ。

こんがりと焼けた鶏肉を、ナイフとフォークで切りながら食べる。牛肉も豚肉も、そして鶏肉でも、1枚肉を切りながら食べるというのは、なんだかぜいたくな感じがする。

「んまい~!」

料理酒と醤油をかけて焼いただけなのに、しかも、もも肉ではなくてむね肉なのに、焼き立ての鶏肉はおいしかった。ワイン……ではなくて、焼酎のお湯割りがすすむ。

自分でつくった、ものすごくシンプルな料理を食べながら、私は思う。

これまでもおいしいものは大好きだったけれど、「食べること」が何かに付随していたのかもしれない。誰かに会いたいとか、あの店に行ってみたいとか。

でも、そのいずれもできなくなった今、ようやく「おいしいとは何か」をきちんと考えるようになったのかもしれない。シンプルな味つけでも、ひとりで食べても、おいしいものはおいしい。

そして、おいしいものを食べれば「生きていてよかった!」と思える。おいしいものは「うれしい」とか「楽しい」とかいう感情を忘れそうになるコロナ禍の私を、救ってくれているのだと思う。


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びんこ/長谷川敏子
東京在住のライター。山形→沖縄のテレビ&ラジオ局→東京。書く&司会も。得意分野は沖縄・酒・食・ビジネス系など。「いろんな自分があっていい」なのでnoteのテーマは絞らず、徒然に書きます。仕事内容はホームページをどうぞ。 https://www.binco-hasegawa.jp/