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料理と思いつき

その日、気がつくとすでに夕方になっていた。

お正月を実家で過ごし、その日の午後に新幹線で東京に戻った。移動の疲れがあったのか、自宅に着いた途端に眠くなり、「ちょっとだけ」のつもりで昼寝をしたのだった。

ちょっとだけ、のつもりが、全然ちょっとじゃなかった。ウトウトしてからすでに2時間以上が経っている。

ゆるゆると動き出すと、おなかが「グゥ~」っと鳴った。

着いた途端に眠ってしまったものだから、そういえばお昼ごはんを食べていなかったのである。

おなかは空いたが、考えてみればわが家には食べもののストックがほとんどない。実家へ帰省するからと、年末に冷蔵庫も食料庫もカラにしてしまった。

と、思ったが、待てよ……。何かあるかも。

冷蔵庫をのぞくと、卵が2個と小さなパックに入った豆腐があった。それらは、日持ちがするからまぁいいか、と冷蔵庫に入れっぱなしにしたものだった。

完全に、忘れてた。もったいない、もったいない。なにかつくろう。

卵と豆腐を使った、なにか。

玉子焼きと湯豆腐。ゆで卵と豆腐の味噌汁。豆腐を甘辛く煮て玉子とじにするのもいいなぁ。

冷蔵庫の前であれこれ考えていると、キッチンの調味料を置いてある棚にスキムミルクを見つけた。コーヒーを飲むときに使おうと買った……のだが、私はコーヒーをブラックで飲むことが圧倒的に多くて、ほとんど使っていないのだった。

ああ、これも。完全に、忘れてた。もったいない、もったいない。なにかつくろう。

そこで私は、ふとひらめいた。「完全に、忘れてた。もったいない、もったいない。なにかつくろう」というのが2つ、いや3つあるのだから、これを合わせればなにかできるんじゃないだろうか??

卵と、豆腐と、スキムミルク。卵と、豆腐と、スキムミルク……。

ここで私はさらに、完全に忘れていたものを思い出した。そして、冷蔵庫の下にある冷凍庫の引き出しを開けた。

やっぱり、あった。

それは、タッパーに入れた「とけるチーズ」である。冷蔵庫に入っていた卵や豆腐と同様に、冷凍すれば日持ちするからと、冷凍庫に入れっぱなしにしていたのだった。

これで食材は4つになった。

卵と、豆腐と、スキムミルクと、とけるチーズ。卵と、豆腐と、スキムミルクと、とけるチーズ……。

おおっ!これはひょっとして、グラタン的ななにかができるヤツじゃないだろうか。

思いついたら、やらずにはいられない。早速、耐熱皿にスキムミルクをたっぷり入れ、水とお酒と塩こしょうを加え、ホワイトソースのようなものをつくってみた。あまりにもシャバシャバだったので、水溶き片栗粉を加えてとろみをつけた。

その「なんちゃってホワイトソース」に、パック入り豆腐の水を切って入れ、皿の中で軽くくずす。豆腐をくずしながら、なんちゃってホワイトソースにからめる。ソースにからまったくずし豆腐の真ん中に、少しくぼみをつけ、卵を2つ落とした。

そしてその上に、凍っていたとけるチーズをたっぷりと。スキムミルクもとけるチーズも、完全に忘れていたくらいだから、いつ買ったのかも覚えていない。だから「今回で使い切ってもいい」くらいの勢いで、たっぷり使った。

卵と、豆腐と、スキムミルクと、とけるチーズ。食材だけで見ていたときはそれほどボリューム感はなかったが、全てを耐熱皿に入れてみると、ずっしりと重かった。

それをオーブントースターで焼く。10分くらい。

その間に、実家からゴロゴロと引いてきたキャリーバッグを開く。衣類に包んで大事に持ってきたものを、そ~っと出す。

実家近くの酒屋で手に入れた、地酒である。日本酒なのだが、白ワインのような味わいのする、お気に入りの銘柄だ。

早速、封を開ける。スクリューキャップを回してフタを開け、香りを嗅ぐ。日本酒用のグラスに少し注いで、味見をする。

「おお~。これこれ」

そうこうしているうちに、オーブントースターからチーズがとける匂いがしてきた。耐熱皿をのせる鍋敷きを用意する。

チーン!

と鳴っても、すぐにオーブントースターの扉は開けない。まず、日本酒とグラス、グラタンを食べるフォークとスプーンを食卓へ運び、セットする。

そしていよいよ、なんちゃってグラタンの登場である。オーブントースターの扉を開けると、チーズの焦げた匂い。耐熱皿の中はまだグツグツいっている。

「よしよし」

なんちゃってグラタンをいそいそと食卓へ運ぶ。これで、準備OK。さぁ、食べるぞ。

「いただきま~す」

いつもは箸を手に持って手を合わせるのだが、この日はフォークとスプーンなので、それは持たない。手だけ合わせて、いただきます。

「どれどれ……」

焦げたチーズにフォークをさしてみる。外側のチーズはサクッと、中の豆腐はフワッと。

「アッツ!アツい~」

このときの私は、完全に油断していた。チーンと鳴ってからしばらく経っていたから、アツアツといってもそれほど、と思っていたのである。ところが、チーズとなんちゃってホワイトソースに包まれた豆腐は、まだめちゃくちゃ熱かった。

舌がやけどするかと思うほど熱い豆腐を口にした後、いい感じに冷たい日本酒をちびり。熱い豆腐をパクリ、日本酒をちびり。

そのうち、お皿の中心部にいた卵も出てきた。なんちゃってホワイトソースとチーズに包まれて、ゆで卵のようになった白身と黄身。豆腐よりもコクがあるそれを味わいながら、また日本酒をちびり。

「あ~、我ながらおいしいじゃないか~」

パクリ、ちびりを繰り返すと、ふわりと酔いが回ってくる。ほろ酔いになったアタマの中で、次はなにをつくろうかと考える。

あ……。

わが家には食べもののストックがないんだった。だから、今ある食材を寄せ集めて、このなんちゃってグラタンができたのだった。

明日は、食材を買いに行こう。

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