谷中生姜と、夜の野菜
「谷中ってさ、あの谷根千の谷中?」
なじみの居酒屋で、谷中生姜に味噌をつけて食べながら、私は店主に尋ねた。普通の生姜と違って辛みが少なく、生でそのままかじって食べられる谷中生姜は、さっぱりした軽めの日本酒によく合う。
「そうそう。昔は本当に谷中で生姜を作っていたらしいよ」
いわゆる「谷中生姜」は、野菜の種類でいうと「葉生姜」というそうだ。その昔、今の荒川区は農村だったそうで、西日暮里辺りを谷中本村といい、そこで栽培された葉生姜にはスジが少なくて香りがよく、おいしいと評判になった。
それが「谷中生姜」として広まり、葉生姜の代名詞になったという。
「あの辺に畑があったなんて、ちょっと信じられないね」
現在では、谷中周辺に畑はほぼなく、千葉県などで栽培されている葉生姜が「谷中生姜」として売られているらしい。
「な~んだ、谷中で栽培されているわけじゃないのね」
「ま、葉生姜の代名詞だからね」
ちなみに、英語で「谷中生姜」は Inside Valley Ginger ではなく…。
葉生姜 スプリング ジンジャー ウィズ グリーン リーブズ(Spring Ginger with green leaves )というらしい。
葉生姜なので、ウィズ グリーン リーブズは「葉付きの」という意味。スプリングは「春」という意味ではなく、普通のショウガ(根ショウガ)に対して、「若いショウガ」という意味なのだそうだ。
「でもさ、欧米には葉生姜はないらしいよ」
「へぇ~。ジンジャーエールとか、ポークジンジャーとか、洋食だってショウガはよく使うのにね」
「うん。でも、ショウガを生で食べるって、日本以外じゃ、あんまり聞かないもんねぇ。おいしいのに」
私は再び、谷中生姜に味噌をつけてかじった。辛すぎない辛さと、ショウガ独特のさわやかな香りを楽しむ。
「あ、そういえば、フランスでは、料理にショウガが入ってるっていうと、ちょっと色っぽい意味に聞こえるらしいよ」
「色っぽいって?どういうこと?」
「え?だから、その…精力剤的な…」
「精力剤?!ショウガが?」店主がニヤニヤしながら言う。
「そうなのよね。私もこの前、たまたま調べてて知ったんだけど。日本なら、風邪の時に生姜湯を飲んだりするから、カラダにいいもの、ってイメージあるのに」
「でもさ、食べれば精力がつくって、日本でいうところの、ニンニクじゃんね」
「ニンニクとか、ウナギとか?」
「ウナギね~。あ、そういえば、うなぎパイって、夜のお菓子じゃなかった?」
「ってことは、ショウガは夜の野菜??」
「精力つけて、この後、どうするんだ~?!」
店主は、再びニヤニヤしながら、そう言った。
ちょうどその時、テーブル席にいたカップルの男性が、料理の注文をするためにスタッフを呼んだ。
「すみません、谷中生姜をお願いします」
私と店主は、思わず、顔を見合わせた。
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